第87号 二段ベッド事件 






←我が家の二段ベッド

ピピピ、ピピピ・・・
朝6時
目覚まし時計の音
あの音を消したいというただ一途な思いだった。
私はものすごい勢いでベッドから飛び出した。
素早い行動力!
そのとき、私は元気過ぎた。

ひょいとベッドから両足を振り出した瞬間、
私は自分の両足が床に着かないのに気がついた。
はっきり言って、私はそのとき目が覚めた。
アタシ、上に寝てたんだ!
あわてて体勢を整え、私は無事着地した。

が、どこをどう打ったのか、めっちゃ痛い。
私は長女の寝ている布団の中にもぐり込んだ。
初めに自覚したのは、すねの痛みだった。
が、一つだけ気になることがあった。
長女の布団に入る直前、
私は右足で左足の親指の爪がめくれているのをかすかに察知していた。
たぶん、2〜3ミリ、はがれてしまったのだろう。
しかし、まあ、爪切りで切れば治る程度だろうと思った。
すねの痛みが引いた頃、爪がどの程度はがれているのか確かめるべく、
右足の親指で左足の親指のつけねから、そう〜〜っと上へ滑らせてみた。
すると、左足の親指の爪は、爪のつけねから天に向かって立っているみたいじゃないか!
うわ〜〜〜、見たくない〜〜〜と思った。
かなりマズイかもしれない。

その日は、勤務している小学校の遠足だった。
まあ、遠足で歩けないほどではなかろう。
あの爪さえ切ってしまえば・・・
しかし、なかなか爪を見る気になれない。
とはいえ、いつまでもベッドの中に隠れているわけにもいかない。
「勇気を出して!」
自分を勇気づけるために私はその言葉を口に出して言った。
そして、見た。
あああ〜〜〜、立ってる。
爪が根元からぱっくり90度。
ウソみたいだ。
爪がはがれてしまった親指本体のほうは、まるでペテキュアを塗ったように真っ赤だった。
げ〜〜〜〜、どうしたらいいのだろう。
と、思いつつ、まだ、私はその爪を鋏で切ればいいという考えから抜け出すことができなかった。
果たして、私は鋏を持ってきた。
そして、爪のつけねに鋏を近づけてみた。
できない。
こんな厚い爪、切れない。
しかも、ちょっとでも触ると、親指はめっちゃ痛い。
爪が動かせない。
このままでは、靴が履けない。
そしたら、遠足に行けない。
もしかして、病院に行ったほうがいいかも・・・
私の頭に初めて病院という言葉が浮かんだ。
寝ている夫に見せに行った。
夫はすぐに「これは救急車だな」と言った。

救急車はすぐに来た。
救急車の中で、何度も爪が剥れた理由を説明するハメになった。
(別の隊員が別々に私に質問してくるのだ)
私が話すだけならまだいいのだが、救急車の人はすぐ私の話を繰り返す。
そのたびに
「ねぼけて、二段ベッドから落ちて足を打った拍子に爪が剥れたが、
どうして爪が剥れたのかはわからないということですね」
という言葉を聞かされた。
私の言った通りではあるが、人からその言葉を繰り返されると、かなり恥ずかしい。
朝っぱらから、なんてお間抜けな奴・・・
病院では、痛〜〜〜い麻酔をさせられ、爪を元の位置に戻された。
そして見た目は、また元通りの親指になった。

ところで、この話を聞いた皆さんの一番気になるところは、私の足の回復状況などではなく、
「どうして大人の私が二段ベッドの上に寝ていたのか」という点だろう。
これには、深いわけがある。

私は、この夏まで和室で子どもたちと川の字に並んで寝ていた。
和室には勉強机があったので、「子ども部屋」と呼んでいた。
しかし、リビングとふすまで仕切られた、きわめて個室性の薄い部屋で、
小5の頃から長女は「自分の部屋」を欲しがるようになっていた。
長女は、天井からシーツを張って個室もどきを作ったり、
大きなダンボール箱を手に入れると、それで「自分の家」を作ったりした。
(そのダンボールハウスの天井には、豆電球が取り付けてあり、かなり愉快な個室空間だった)
小学校時代は、そんなことでなんとか工夫し、憧れの個室願望を満たしていたが、
いよいよ中学生になり、本当の部屋をほしがるようになっていた。
でも、自分の部屋で一人で寝るのはさびしい。
そこで、長女は「二段ベッドは欲しくないか」と、妹を誘いこんだ。
妹は”二段ベッド”に釣られて、長女の話に飛びついた。
二人は新しい子ども部屋をゲットすべく、さんざん親に交渉を持ちかけた。
そして、とうとう、9月1日、我が家に二段ベッドがやってきた。

ところが、いよいよベッドに寝る段になって、
二人は「もうお母さんの隣りで寝られなくなる」ことに気がついた。
長女も次女もさんざん嘆きの言葉を吐いた。
そのとき、私は毅然として、こう言うべきであった。
「自分たちの部屋がほしいということは、自分で寝るということです。
それがイヤなら、二段ベッドはお店に返しましょう」
が、私も子どもたち同様、
わ〜〜、このまま、子どもと一緒に寝られなくなっちゃうのか〜〜〜、
あ〜〜、さびしいな〜〜と思ってしまった。
子どもの言葉に誘われて、「仕方ないな〜〜」と困ったふりをしながら、
子どもの隣りに寝てあげてしまったが間違いの元だった。
二段ベッドは、子どもたちの提案で、なぜか、部屋のど真ん中に置かれていた。
二人の間では、次女が上で長女が下と、寝る場所を決めていた。
私は次女の隣りに寝るときは、はしご寄りで次女の左側に
長女と寝るときは、はしごの反対側で長女の右側に寝ることになった。

その晩私は長女の隣りに寝る日だった。
が、長女は用が終わらず、次女が先に寝ることになった。
次女は一人でベッドの部屋に行くのが恐くて、ぐずぐずしていた。
それで、次女が寝つくまで、私は次女の隣りで寝てあげた。
次女が寝たころ、長女が来た。
半分眠りながら、私は目覚まし時計を持って二段ベッドのはしごを降り、長女の隣りに行った。
ところが、夜中、目を覚ました次女が「こわいよ〜!」と泣いた。
私が、はしごを上って次女のところに行くと、次女は
「こっちからお化けが来る。お母さん、こっちに来て!」
と言って、私を右側に寝かせた。
かくして、私は、いつも次女と寝ている位置とは反対で、長女と寝るときと同じ右側に寝ることになった。
それから、「あ、目覚まし時計を下においてきてしまったなあ」と思った。
朝、目覚まし時計が鳴っても、長女がちっとも目を覚まさないでピピピピ・・・鳴り続ける様などを想像して、
取りに行くべきか行かざるべきか思案しているうちに眠ってしまった。
そして、朝が来た。
6時
ピピピ・・・
時計が鳴った。
私は「下で時計が鳴っている」と思った。
が、私の体は、自分が下に寝ているものと勘違いした。
なぜなら、私はベッドの右側に寝ていたから。
私は元気よく両足をベッドの外に振り下ろした。
そして空中に身を投げ出してしまった。
・・・・・・・


爪が剥れて以来、次女は決して「隣りに来て」と言わなくなった。
そして、一人で寝るようになった。
「自分の番ではなかったのに、お母さんを呼んだのがいけなかった」と自己反省しているらしい。
長女の方がむしろ、まだ、一緒に寝たがっている。

それにしても、自分の爪を剥がさないと、子離れできない私っていったい・・・

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