インドはすごい その3

ガンジス川もAmazingだった。
民家の立ちこめる細い路地に小さなお菓子屋があった。
ガラスケースを覗くと、タイムスリップしたかと思いたくなるような、
なつかしいほど古くさいケーキが並んでいた。
夫がそれを見て、「ワー、これ、甘いんだよ。」と、言った。
夫は小学生時代をインドで過ごした。
インドの小学校では、なぜか、休み時間におやつの時間があって、各自家から持ってくる。
そのケーキは、インドの金持ちの子だけが持ってくる特別高級なケーキなのだ。
夫は、クラスの友達から、一口貰って食べたことがあるんだと言った。
銀色のアラザンがケーキのまずさを語っていた。
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路地には、たくさんのポスター屋さんが店を出していた。
店と言っても、軒下にポスターを並べて座っているだけで、家をもっているわけじゃない。
どの店もみんな同じようなポスターとカード。
象の鼻の神様、人の首をネックレスのように繋いで首からぶら下げている神様、・・・
原色で華々しい絵柄。
私は、思わず何枚か購入した。
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そんな路地を通り越して、私たちは、ついに、かの有名なガンジス川に到着した。
アグラから再び列車を乗り継いでバラナーシ(ベナレス)に来ていた。
ガンジス川は泥川だった。たっぷりの水がとうとうと流れていた。
川縁には石作りの丈夫そうな古い火葬場が建ち並ぶ。煙突から、悲しい煙が揺れている。
私は見た。
ガンジス川を見た。
ガンジス川はガンジス川だけでは成り立たない。
そこは、人であふれている。
祈る人。泳ぐ人。歯を磨く人。シャンプーする人。服を着たまま石鹸をつけて体を洗う人。洗濯をする人。
同じ場所で、同じ瞬間、人々はしたいことをしたいままにする。
それぞれの思いのままに。
そして、火葬場に運ばれる遺体は荼毘に付される前、ガンジス川につけて清める。
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私たちは、手こぎ船に乗った。
13歳くらいの少年が、10人くらいの客を乗せて、一生懸命漕いでくれた。
私たちは、そこで、一生忘れられないものを見た。
ごつんごつんとなにかが当たる。
私たちの船についてくる。
のぞき込んで、私は目を疑った。
私は、ゴムの風船だと思い込んだ。
ほかの人も胸がざわめき始めているのがわかった。
それは、パンパンに空気の入ったゴムの人形だった。
重たい頭はだらりと川に沈んでいた。
左右に広げた腕とはち切れんばかりに膨れ上がったオッパイと太股が水面にプカプカ漂っている。
膝から下はだらりと垂れて水に浸っている。
明らかに、それは女性だった。
ごつんごつんと船に頭を打ち当てながら、彼女は私たちについてきた。
確かな重さは空気入りのゴム人形なんかじゃなかった。
死体だった。
ここに殺人なんか存在しない。
ここに自殺なんか存在しない。
誰も警察なんかに知らせない。
もし殺されてここに捨てられたら、知らないうちにみんなが拝んでくれる。
成仏できるように拝んでくれる。
私は心の底から、彼女の冥福を祈った。
たぶんみんなもそうしていた。
ガンジス川は、その日、なにもなかったように、悠久の中の一日がいつものとおり過ぎていった。