インドはすごい  その8

  

翌日、夫はアパートの近くの仲見世(「ニューマーケット」と呼ばれている)に行くと言った。
仲見世は昔とひとつも変わっていなかった。
仲見世の中央に鞄屋があると夫は言った。
夫はそこのオヤジに会いたいらしい。
アクセサリー屋、カセットテープ屋、カレー粉屋、米屋、
そして乾物屋には生きた鶏まで売っていた。



その昔、夫の父親はこの店でバッファロー皮の箱型の鞄を見つけました。
「いい鞄だ。」
と、手に取り、彼はまさに買おうとしていました。
と、そのとき、現れたのが黒縁メガネの鞄屋の店主でした。
店主は、その鞄がいかに丈夫でいいものかを誇示するために、
おもむろに靴を脱ぎ、床に置いたかと思うと、
両足でその鞄の上に乗って、飛び跳ねて見せたのです。
それで、お父さんはその鞄を買うのをやめました。
「いい鞄だったのに、あのオヤジに踏まれた。」
お父さんは怒っていたそうです。


20数年前のそんな話を聞きながら
仲見世をずんずん進んでいくと、ついに鞄屋が見えてきました。
「いた!」
夫の言う方を見て、私はすぐに彼がウワサの店主とわかりました。
黒縁メガネのオヤジでした。
「オレが子どものころから、この顔だった。」
夫は感動していました。
夫は店の品揃えを見渡し、バッファローの皮の鞄を見つけると、
それを物色するかのように手に取ると、
「これ、20年前のか!?」
と、叫び、喜び、わざと、それを欲しそうなそぶりを見せました。
店主はすぐに来ました。
そして、店の真ん中に、
そう、あの狭い店の、狭い床の真ん中に、
その鞄を置いたのです。
彼は靴を脱ぎました。
「踏むぞ!!」
夫が私に小声で叫びました。
私たちの意識は、”店主の次の行動”それ1点に集中しました。

店主は
鞄に乗りました。
そして、ジャンプして見せました。

私は見ました。
確かに、この目で。
まさに、タイム・スリップです。

20数年前に夫が体験した出来事を、いとも簡単に、私は、目の前で見てしまいました。
「あのオヤジ、20年以上この鞄踏んでるんだ。」
夫は感動を隠しきれぬ様子でそう言いました。
すごい。見事にすごい。悠久のインド・・・

あなた、こんな話じゃAmazingしませんか。




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