ああ不浄

  

月経の話です。
虎ノ門病院産婦人科の堀口雅子先生が月経の本を書いたとき、出版社の人から
「本の題に月経という言葉を使うのをやめてほしい。生理ならいい。」
と言われたそうです。先生は「月経じゃなくちゃイヤだ」と言ったそうですが、編集者は
「それじゃ売れないから、どうしても生理にしてくれ」と。
結局、本の題には「生理」という言葉を使うことにしたそうです。
月経という言葉のどこがいけないのでしょうか。

  

ある女性ののイヤな思い出。
中学生だった彼女は月経の血液のついたパンツを洗面器の水につけておいた。
外から帰ってきたおばあちゃんがそれを見つけた。
「だれや、こんなのにつけて!」
そのまま庭先へ持っていって、中身ごとポーンと捨てた。そして、その洗面器を塩で清めた。
月経の血がついたパンツなんて、おばあちゃんに言わせれば”不浄”だった。
塩でお清めでもしなければ、洗面器様に申し訳ない。
少女に言わせれば、汚したものを自分で洗おうと思っただけ。
汚れた血液はすぐには落ちない。水につけておけばすんなり流れる。
だから、水につけておいただけなのに。
彼女は捨てられた下着を拾ってゴシゴシ洗いながら、「なぜだろう。なぜだろう。」と涙を流した。

  

ある女性がムラに嫁いだ。
義父の具合が悪くなってから、義父の世話はもっぱら彼女の仕事になった。
誰からみてもいい嫁だった。彼女はよく働いた。義母も認めてくれていた。
彼女は妊娠した。家の仕事は減らなかった。
眠たい妊婦に昼寝の時間はなかった。
そんなある日、義父の様態が悪化して息を引き取った。
葬式を出すことになった。親族一同、お寺に向かった。
義母が嫁に留守番を命じた。
何故?「妊婦はけがれているから行っちゃいけない。」
妊婦の体調を心配してのことではない。
妊婦はけがれているから寺には行けない。
このムラじゃ、昔っからそういうしきたりだ。
「婉曲的に妊婦を気づかっているのだ」というようなバカな方便を信じてはいけない。
ずっと義父の面倒を見てきた。彼女だって「さよなら」くらいしたかった。
彼女は涙が止まらなかった。どうして?どうして妊婦がけがれているの?
昔の話じゃない。ごく最近の話。

  

1999年10月、女性の入山を禁止する大峰山(奈良)に10余人の女性が入山した。
女性たちは、登山の最中にすれ違った信者から
「ばちが当たる」「今度からは男が女のトイレに入っても文句を言うな」
などの罵声を浴びせられた。
大峰山でお参りしようとした途端、「女は入ってはいけない。すぐ出なさい。」と叱責された。
寺の中には「1300年の伝統が踏みにじられて残念」と反発する声があり、
さらに、地元の区長は「今後も女性が登るなら阻止する」とコメントした。
(出典:性と生の教育No.26西野瑠美子の原稿)
女性は不浄。
女はけがれているから入山してはいけない。
伝統だから守らなくてはいけない。
男女平等とかは関係ない。
昔から、この山はそうだった、というわけだ。

  

私が子どもの頃の性教育と言えば、唯一「月経教育」というのがあった。
小学校5年の夏休み前、保健室に女子だけが集められた。
男子は教室で漢字の練習をさせられていた。
私たちは月経に関するテキストをもらった。
保健の先生が最後に言った。
「今日の話は必ず家に帰ったらお母さんに話しなさい。」
友達が「おかあさんに言うのイヤだなー」と言った。
私はなぜイヤなのかわからなかった。私は平気だった。
教室に帰って仲良しの男子から「保健室でなにしてたんだ」と聞かれた。
「女子はだんだんオッパイが大きくなるって教わった」
と私が話すと、男子は私の手からもらったばかりのテキストを奪って逃げた。
そしたら、担任の先生が来て、ものすごい剣幕で
「すぐに取り返しなさい。」
と言った。私は担任の先生の剣幕に驚いた。
男子には秘密だなんて保健の先生は言わなかった。
だから、私は男子に話したんだ。
私が学校を休んだら見舞いに来てくれるくらい仲のいい友達だった。
でも、担任の剣幕で「これはかなりヤバイ話だったのか」と私は悟った。
家に帰ってから、私は母にそれが話せなかった。
「不浄」「けがれ」なんて言葉は知らなかった。
その日私は”月経は男子に隠すべきこと”を学習した。
それは私にとって「月経は女の恥」を意味した。

ある夕食中のことだった。母が家族全員の前で、
「このごろ、○○(姉の名前)のパンツがみんなへんな色になる」
というようなことを言った。
私は月経の血で汚れて変色したんだろうとすぐにわかった。
私は母の声を聞かなかったことにした。
そしてなにも反応しなかった。
姉は確か薄ら笑いをしてごまかしていた。
母の言葉。今思い出してもぞっとする。
私もいつこういう恥をかかされるかもしれないと思うと恐ろしかった。
私が初経を迎えたとき母はあからさまにイヤな顔をして、
「もう女になった」みたいなことを言った。
家の中で家族は性的存在であってはならなかった。
プールのある日、月経だったりすると見学理由を「風邪のため」と偽った。
月経のためと言える友達が天真爛漫に見えた。

  

月経や妊娠や出産を汚いもの、隠すべきことという考えは払拭しなければならない。
そりゃ、わざわざ人に知らせることはない。プライバシーってものがある。
でも、たとえば男女がパートナーを持つ場合、
そういうことがはっきり言える仲になっておいた方が二人の関係は楽になる。
私は夫立ち会い出産を経験した。
恥ずかしくって見せられないという女性もいるし、見て卒倒する男性もいるらしい。
が、私は見てもらってよかった。出産は恥ずかしくもなければ汚くもない。
初めての子どもに私より先に夫が会ってくれた。私にはそれが誇らしい。
出てくる子どもを自分の目で見ることができた夫は、
それを人生で最も感動的な瞬間のひとつと思ってくれている。
月経のことも話せる仲になっていれば、私がわけもなく落ち込んでいたりするとき
「君、あしたあたり生理じゃない?」なんて私より先に気がついて心配してくれたりする。
SEXLESSの悩みをパートナーに訴えられないのは、
男子に内緒の月経教育のせいもあるんじゃないかな・・・と私は思う。

  

女はけがれてなんかいない。
女は不浄じゃない。
そんなことで女を差別しちゃいけない。
そんな差別を許してはいけない。