夫婦が親になるとき その1

  

陣痛の起こる前の日、私は夫と仲良く手をつないで街を歩いていた。
次に二人だけで仲良く手をつないで街を歩けるのが数年後だなんて、
そのとき私たちは考えてもみなかった。

子どもが生まれて夫婦に何が起こったか。
私はそれに気づくまでに3年かかってしまった。
二人は断崖絶壁のあっちとこっちに立っていた。
揺れる吊り橋を渡ろうとすると谷底に向かって
二人が一緒に落ちて行きそうになった。
子どもと三人で築きあげてきたと思っていたガラスの城は砕け散っていた。

  

子どもが生まれる前まで、
私たちは「二人の愛は深まる一方」などとよくのろけて言った。
子どもを作ることもよくよく相談した結果だった。
どんな子育てをしたいかも充分過ぎるほど語り合った。
最初の子どもが生まれた。
初めて子どもが寝返りをうったとき、私たちは二人そろって狂喜した。

子育てはとても楽しかった。
私は一人でなんでもできた。
誰かに手伝ってほしいとか、たまには一人になりたいとかいうストレスが全くなかった。
私は子どもを誰にも渡したくなかった。
夫は協力的だった。
首のすわらない赤ん坊をお風呂に入れてみたいと夫は進んで言い出した。
初めてのことでうまくはできなかった。
私は夫に文句を言った。夫は怒った。
そういう小さな出来事がやがて大きな問題になっていくなんて
私は夢にも思っていなかった。

父親が赤ん坊を散歩に連れ出した。
彼はその間に私に昼寝でもさせようと思ったらしい。
でも、私は娘のいない間、まんじりともできなかった。
子どもはどうしているだろう。泣いていやしないだろうか。
思ったとおり、娘は家を出るなり泣き出した。
近所を一回りして帰ってきた。
私は娘を夫から奪いとると、まるで大きなお世話だったような顔をしたに違いない。
私は子どもを徹底的に独り占めした。

  

産後の性生活は最低だった。
おそらく会陰切開の恐怖から抜けることができなかったのだろう。
看護婦はもう痛いはずはないと言ったが、痛いものは痛かった。
SEXが苦痛以外のなにものでもなくなっていた。
赤ん坊にオッパイを吸われることで
性的満足を果たしてしまっていたのかもしれない。
夫はしょっちゅうべたべた近寄ってきた。
私にはそれが「父親らしからぬ行為」に思えた。
もっと父親らしくなってほしかった。
1年過ぎると、なんとか痛みは消えた。
2年たつと二人目をつくるためのSEXをするようになった。
が、妊娠すると、それをいいことに私は性生活をおろそかにするようになった。
ある日、夫の誘いを冷たく断った。
夫はそのときマジで切れた。
でも、私は助かったと思った。

だんだん夫は家にいれば一日中寝ているようになった。
夫にとって家族と過ごすことは、もはやサービスでしかなかった。
週末はよく飲んで帰った。「ストレス解消のため」と夫は言った。
「家でゆっくり休むより外で飲むほうがストレスが解消できるのか」
と怒りにまかせて尋ねたら、夫は「そうだ」と答えた。
でも、まだ私は二人の関係が修復不可能なほど壊れているなんて知らなかった。

そのうち、二人目が生まれた。
夫は入院中の私のところに来てくれた。
でも、上の子のときのようなやさしさが全く感じられなかった。
私は初めて私たち夫婦の間に問題が起こっていることに気がついた。
病院で私は夫に手紙を書いた。
返事はなかった。
退院して1週間たっても夫は何も言ってくれなかった。
手紙のことは忘れているかのようだった。
表面的には仲良く暮らしていた。
ある日、私は、思い切って「手紙、読んでくれたの?」と尋ねた。
すると、夫の答えはこうだった。

「2年前に言ってほしかったね。
あなたのことは好きだったよ。
ずっとずっと好きだったよ。
でも、今は、別れたい。
もっと別の人生があるような気がする」

信じられなかった。
2年前に戻れるものなら戻りたいと焦った。
でも、時間は戻らなかった。
私たち夫婦の泥沼時代がはじまった。