声を通す


仲正雄先生が「声は出すものではなく、通すものである」と言った。
「よくシュタイナー教育の実践では”小さい声で話そう”と言うが、
決して”小さい声で話している”わけではない。」

仲先生のお話中、私はなんか声が出せない気分になっていた。
だって、私は仲先生みたいな心地よい声で話したことなんかないのだもの。
いわゆる明るく元気な声でワーワー喋るってヤツだ。
ああ、いかにも品がないぜ。がっくり。
で、「オッシ、これからは、”声を出す”じゃなくて”声を通す”ってヤツで話してみせるぞ」と心ひそかに決めていた。
そしたら、そんな愚民の心が先生の胸に届いたんでしょうかねえ。先生は、最後に
「今日から声を変えようなんて思っちゃだめですよ。今までのまま話してくださいね。」
と何度も念を押された。ああ、なんて偉い先生なの。私のアホな心を読んだわね。



私のパソコン指導者は夫です。
夫にものを聞くと親切に教えてくれるのだけれど、
難点は教えながらだんだん声に力が入ってくることだ。
そうすると、こっちは怒られているような気分になってくる。
私の呑み込みが悪かったりすると、ますます夫の声に力が入ってくる。
私は「ハイ、ハイ」と素直に聞くようなかわいげのある妻じゃないものだから、
人に教わりながら、「怒らないでよ。」と怒り出す。
そうすると、夫の方も「怒ってないだろ。」と怒り出す。
こうして夫婦喧嘩といいましょうか、兄弟喧嘩に限りなく近い喧嘩が始まる。
こういったレベルの私ですから、仲先生のお話は耳には痛いものが多々あったのでした。
子どもの前では、そんなにガミガミ母ちゃんではないつもりですが、
やっぱり、力いっぱい声を出しているから、たぶん、子どもに言わせれば
「怒られてるみたいでイヤだ」っていうのはあるだろう、と反省することしきりです。



うちの子の通う幼稚園の先生たちの声はすばらしい。
威圧的でなく、元気過ぎなく、しっとり安定した声で話してくれる。先生たちの声は、
「人にこびていない」「心にもないことを言っていない」「わざとらしくない」
「安定した普通の声」だ。
今まで気づかなかったが、きっと「出す声」でなく「通す声」で話しているのだろう。



でも、私に限らず、多くの人は「出す声」で生活していて「通す声」を知らない。
毎朝見かけるどこかの幼稚園バスから降りてくる幼稚園の先生は、
つぶれたようなダミ声で元気いっぱい「おはようございまーす」と言う。
どうして朝からあんなデカイ声を出すんだろうと思う。
世間一般の考えでは、幼稚園の先生なるもの、元気いっぱいのデカイ声はりあげて
「おはようございまーす」とやらないと「元気のない先生。信頼おけないわ」ってなことになるのかもしれない。
でも、よく考えてみると、あの元気でわざとらしい声から先生の真心は全く伝わってこない。
声ばかりいくら元気いっぱいでも、子ども達はあんな声で元気が湧くものか。
ノリのいい子なら、いいかもしれないけれど、そうでない子には、あんな声では元気を吸い取られてしまう。



幼児番組のお兄さんやお姉さんもいつも元気が良すぎてまいる。
自分の芸に自分で受けてるようなタレントたちの声に本当の自分の姿は見えない。
ワイドショーでおもいっきりがんばってるおじちゃんたちも力が入っている。
みんな、元気のベールやがんばりのベールをかぶった声で、実に没個性的だ。
若い子たちの話し方で「・・・・じゃないですかぁ」と案に同意を求めるタイプの話し方をする人たちもそう。

うまい噺家は、自分の持ち味を生かした安定した普通の声ではなす。
みんなこれができない。




仲先生は言った。
「声は出すものではなく、通すもの。
人間存在すべてが入っている声には、イメージと響きが宿る。
出している声は、感情の排泄物であって、雑音、騒音に過ぎない。
出している声に対して相手は防御の膜をはってしまう。
力で押す、青筋立てて出す、ぶつかってくるような声では、いい関係はできない。
不自然なことをしているとき、人間は疲れる。
通す声は疲れない。」

不自然なことをやめて自然体になる。
そう、普通にしていればいいんだ。

普通に話せば声を通すことができるのに、
なにかあるべき姿にとらわれて不自然な声を出してしまう。
力を抜いて自分の持ち味を生かした普通の声で話したら、
聞く人にも心地よく、話す人の身も軽くなるのかもしれない。
でも、みなさん、「今日からいい声で話すぞ」なんて愚かなことを考えてはいけましぇん。

仲正雄先生
 1951年東京に生まれる。
 77年、ドイツ・ビッゲンハイムにてシュタイナーの治療教育を学ぶ。
 83年、スイス・ドルナッハにて治療音楽を修め、治療教育家になる。
 86年、ドイツのハンブルグの幼児治療機関に勤務。幼児セラピー、音楽を担当。
 88年、当治療機関の理事として運営に協力。
 毎年、秋と冬、日本の各地で30以上の講演、ワークショップを行っている。
 ドイツ・シュットガルトに在住。1女2男の父。

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