京都府立大学公開シンポジウム・小澤普照講演の概要

月刊ゆか・平成16年7月号掲載



株式会社インテリアタイムス社発行 TEL:03-3816-6651


国際モデルフォレストを拓く -21世紀の国土、森から日本が変わる-
林政総合調査研究所理事長 小澤普照

 国際モデルフォレストの提案はこのようにしてなされた

 本日は、国際モデルフォレストをこの京都から拓いていこうということを皆様にお話しするためにやって参りました。
 今やモデルフォレストの活動が世界各地に広がりつつあります。
 今日は、モデルフォレスト活動の実態や日本でのほんものの活動を京都から始めることの意味合い、さらに将来展望などをお話ししたいと考えています。
 モデルフォレスト活動という言葉が、余り聞き慣れない言葉であるのも道理で、この発想が国際的に広まったのは、1992年のブラジルの地球サミットが切っ掛けでした。
 当時の私は、林野庁に在籍しておりましたが、サミットには、政府代表団の一員として参加しました。この前年の1991年に横浜で、日本政府(林野庁)とITTOとの共同開催で、世界シニアーフォレスター会議が開かれ、また同年パリで世界林業会議が開かれた際も林野庁の招待で主要国の林業行政官に集まっていただき懇談会を催したのですが、その際、今後日本が声をかけてくれれば、各国集まることにやぶさかではないとの嬉しい意見も出され、ブラジルサミットでは、各種会合の合間を縫って林野庁長官の呼びかけで主要国が参加しての懇談会を開くことができました。
 この席上、カナダ政府の代表(当時カナダ森林省次官補ジャグモハン・メイニ氏)から、カナダでのモデルフォレスト活動立ち上げの紹介とともにモデルフォレストの国際ネットワーク活動について各国に対し協力要請がなされました。これが始まりと私は認識しております。

 モデルフォレスト活動とは何か 
  
 モデルフォレスト活動を一言でいえば、大規模にかつあらゆる利害関係者のために地方の共同体の次元から国家レベルの政策立案機関まで、持続可能な森林経営の理念を実践へと具体化させていく手法であるといえます。モデルフォレストの活動が世界の各国に広がっています。既導入国は、カナダをはじめ、米国、ロシア、メキシコ、ドミニカ、コスタリカ、アルゼンチン、チリ、中国、インドネシア、タイ、ミャンマーさらに今後、スウェーデン、ホンジュラス、フランス、インド、ノルウェー、フィンランドなどに導入が予想されます。
 カナダのモデルフォレストは概して規模が大きく、最大クラスといわれるアルバータ州所在のフットヒルモデルフォレストで275万ヘクタール、小規模といわれるものでも30〜40万ヘクタール程の規模があります。国際ネットワークに入るためには、おおよそ10万ヘクタール程度の規模が目安となっています。
 仕組みを簡単にいえば、森林を核として地域社会が総ぐるみで参画し、森林の持続を実現しようというものです。つまり、各モデルフォレストについて数十あるいは百以上に及ぶ利害関係を有する団体や企業がネットワークをつくりパートナーシップを形成して協働する仕組みです。利害関係団体等としては具体的には製材会社やパルプ会社をはじめとする各産業、教育、自然公園、先住民、ボランティアグループ、地方自治体、州政府、連邦政府などが参画しています。また州有林のほか、国立公園、私有林も含まれます。また、東部のハリファックスあたりですと小規模の森林経営者が多く見られますが、これらの人達も活動に参加しています。
 モデルフォレストの基本理念としては、「共有」ということがあげられます。つまり森林を含む地域を共有するという考えをもった人やグループが協働して、意志決定を行いパートナーシップを形成することになります。
 このパートナーシップの概念というのが日本人にはやや理解しにくいようで、カナダ人の説明に対し、質問が集中する分野ですが、彼らにいわせれば、夫婦関係は典型的なパートナーシップ関係でしょうということになります。
 また、モデルフォレストの活動範囲は、地理的条件として河川流域のように対象区域を明確に決めて行われること、地域の関係者は、目指すゴール、目的、計画に共通意識を持って、実行する。討論クラブではなく活動体であることなどが挙げられます。
 さらにまた、モデルフォレスト活動は、多様な価値観を持続可能な森林経営に反映させることを可能とするものであり、このことは価値観の不一致を解決する道を開くことに役立つといえます。

 活動の実態はどうか

 私はこれまで、カナダのモデルフォレストは4箇所訪問しました。そこで見聞したことをお話しします。先ず森林の維持資金は政府関係資金のほか、参加団体からの拠出金によっています。これらの資金によって、森林の生態系の調査をはじめ、グリーズリーベアなどの野生獣の行動調査や渓流の水量・水質の調査、さらに生息魚類の調査なども行われています。もちろんボランティアの参加も含む活動センターがあり、自然探索歩道の標識類の整備なども進められています。インターネットのホームページによる情報提供や交流は必須の要件といっても良いでしょう。
 モデルフォレストの本質は、国内においては、地域内連携及び地域間連携の推進に寄与するものであり、さらには国際的なネットワークで結ぶことにあります。このことによって国際交流が進展し、森林の持続についての共通の目標も捉えやすく、人材育成の場としても有効に機能することでしょう。
 カナダのモデルフォレストでは4番目(平成15年9月)の訪問地となった、東部オンタリオのモデルフォレストでの体験をお話ししましょう。
 先ず東部オンタリオのファーガソン森林センターに向かいました。ボランティアによって5年前に設立され、360エーカー(約146ヘクタール)の苗畑を経営し、モデルフォレストの会員となっています。当日は林業祭ということで丸太、板材のオークション(競り市)が行われていました。参加者は殆どが一般住民で主婦の参加も多く真剣に入札しています。聞いてみると日曜大工が当たり前で、購入した材は家の補修や家具の製作に使うということです。丸太は現地に移動製材機が用意されており、お好みに合わせ挽いてくれるシステムです。
 翌日は、クイーンズ大学生物学ステーションへ。日曜日でしたが、湖水でバージ(はしけ船)を使っての学生実習が行われていた。学生の宿泊施設も整備され、学生のトレーニングも教室ではなく専らフィールド学習に重点を置く姿勢が読みとれました。
 次に訪問したのが、フォーチュンファームで、ここはシュガーメープル(サトウカエデ Acer saccharum Marsh.)の森でメープルシロップを生産しています。このような森は別名シュガーブッシュとも呼ばれていて、東オンタリオではシロップ生産林は80か所ほどあるとのことです。ケベック州或いは米国でもメープルシロップの生産は盛んで、天然林では200年生の樹木でも生産可能とのこと、林内は樹液を集めるチューブが張り巡らされ、あたかも森林工場のおもむきです。2月ないし3月が適期とのことで、最近はシュガーメープルの人工林造成も進められているが、シロップ生産が可能となるのは植栽後30年とのことです。
 これらの訪問先は皆、モデルフォレストの会員となってネットワークを形成し、その活動は地域活性化や環境改善に貢献しているものです。 

 中国のモデルフォレスト活動

 中国の国際モデルフォレストは、上海市の西南方約300キロ、浙江省臨安市にあります。臨安市の総面積は31.1万haで、このうち森林面積は27万haで全市が森林に覆われている状態です。パートナーシップの形成については、28のパートナーの参加があり、これらは、林場、木材加工企業、林産物生産者、家畜飼料生産者、科学技術研究組織、大学、教育関係、農業銀行など多彩な顔ぶれとなっています。事務局は臨安市林業局内に置かれ5名の職員が業務に当たっています。モデル森林の総面積は、10万haで核となっているのは2万haです。主産物はクルミとタケノコで、このほか竹材による欧米向けフローリング生産や花卉栽培、さらにはエコ・ツーリズムなどの発展で活況を呈していました。この結果、アジア・太平洋地域における先進的なモデルフォレストとしての地歩を築き、国際会議も開催されています。立ち上げには日本からのFAO経由の拠出金が使われました。
 また、森林持続政策の一環として、複層林の経営を推進しており、構成は上層にクルミ、中層に竹、下層に茶の栽培を行う事例も見られるます。 
 
 何故、京都国際モデルフォレスト活動か

 京都で山田府知事さんとお話しをする機会があり、知事さんがいわれるには、京都を囲む山々は、森があってこその存在であるとのことで、つまり京都そのもが森がなければ成り立たないということだと思います。なるほど東京では都庁の展望台に上ってみても、山や森は遙か彼方に望まれる存在であります。京都は違います。街の真ん中に立てば森に囲まれていることがわかる。地勢条件からみて森と人との結合度合いが高い。歴史的に見ても、1200年の古都として、祭、舟運、京町家、仏閣、北山林業など森と木を共有する文化、産業が栄えてきた地域であったことがわかる。また、琵琶湖、淀川、大阪湾と水の繋がりが、まとまりのある圏域を形成している。森林の賦存量も大きい。また知的集積度はどうであろうか。京都だけで30を超す大学があるという。龍谷大学の瀬田キャンパスを訪問したら理工学系の先生方が里山林の再生に取り組んでおられました。ベンチャー産業、ノーベル賞受賞者などにも事欠かない。もちろん国際知名度はいうこと無しで、最近は京都議定書・世界水フォーラムも加わった。名乗りを上げれば国際モデルフォレストとして牽引力は十分あります。国際ネットワークのなかで活躍が期待できます。何で今まで気がつかなかったかと私は己の不明を恥ずかしく思っております。

 克服すべき課題は何か
 
 先ずパートナーシップというものを理解し、動かすことが出来るかということです。林業が勢いを失って久しい。地域材を使おうというかけ声だけでは世の中は動いてくれない。
 やはり、発想を変えることから始めてみませんか。例えば京町家は、二万八千戸あるという。今町家のリフォームがブームらしい。大徳寺の修復現場も見せていただいたが、文化財の維持に使う木も同様、地域材が良いに決まっています。では町家と地域材はパートナーシップを組んでいますか。結果として地域材を使っているとしてもパートナーシップを十分に意識しているでしょうか。問題はそこにあります。つまり、リーダーや推進役が必要なんだと思います。リーダーやチャンピオンが不足しているという話は日本だけの問題ではないのです。どこの国に行っても聞かれる話なんです。日本は悲観的に考える人が少し多いかも知れませんが、リーダーの育成が急務です。人材が不足といいます。私にいわせてもらえば、人材はいるのです。若者層に目をつけましょう。熟年層にも目を向けましょう。人材を活かす舞台が不足しているのです。舞台作りが必要なのです。モデルフォレスト活動というのは、人、森、地域を活かす舞台装置だと思ってください。
 カナダのモデルフォレストにはプレジデントの存在があります。誰をプレジデントにするかで成功するかどうか決まります。京都モデルフォレストでもここがポイントです。知事さんが良いか、学長さんが良いか、ノーベル賞受賞者が良いか、真剣に考えてみたら如何でしょうか。
   
 京都モデルフォレストに期待されるものは何か

 一番わくわくするのは、国際的に呼びかけたときに諸外国にわき起こると思われる歓迎・賛同の声です。京都のもつ求心力が感じられます。
 京都を国際モデルフォレスト特区にして外国人も特区住民にしてやるくらいの度量が必要です。とにかく京都は外人や英語に対して違和感が無いようですから、これは期待が持てます。
 最近、森林認証がわが国でも話題になってきました。認証にもいろいろな系列があって相互に比較或いは競争の時代に入ってきているようですが、京都モデルフォレストでは、各種の認証森林を設定して、特徴を比較できるようにしてはどうでしょうか。また私が提案しているエコビレッジも是非導入して、各種のエコライフやエコシステムを導入して欲しいものです。パートナーシップについての理解を深め、かつ進めるには、縦社会、上下関係に浸かりすぎていては、いつまでたっても動かないでしょう。
 空間(フィールド)、時間、距離の制約を解決しましょう。自ら向社会的に活動しながら、アイデアが自己増殖する地域づくりを進めましょう。アイデアマラソンやエルボウエクササイズ(ジョッキ片手に議論するスタイル)も奨励しましよう。金力中心の国際貢献・協力から人間力重視の国際基地づくりに魅力を感じます。 

 未来に向かって 

森づくり、森守り、森活かしの三位一体論でいきましょう。
 森林問題解決のための三位一体論について申し上げます。森づくりばかりやっていても打開策としては不足です。よく管理し、森を活かし、地域材利用やバイオマスエネルギー利用などを賢く行うことが大切です。
 山と森は、日本では同義語です。山といったら川ときて、川といったら海とくる。この三つの連携を図ることが大事です。「森、水、人」のネットワークを作って行くことも大事です。これは京都ネットワークの原点でもありましょう。本日の講演の総まとめして、「森林愛」の時代を目指すことを提唱したいと思います。(本稿は京都府立大学公開シンポジウムでの講演を要約し、かつ一部加筆を行ったものであります。)


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