ロバの足音 ➡ 私の山歩き

  私が山らしい山へ初めて登ったのは中学2年(1958年)の夏休みだった。
 私の故郷鳥取県の東南兵庫県との県境にある氷ノ山(標高:1510m)へ生徒5~6人が理科の先生に引率されて登った。
 山の印象は全く記憶にないが番人のいる山小屋に泊まったこと、ランプの油の臭いがきつかったこと、米を持参したこと
 を覚えている。中学3年の夏には中国地方の最高峰大山に、1966年夏は加賀白山に登った。私の学生時代の登山歴
 はこの程度である。

  サラリーマンになった最初の数年間は東京勤務で、週末には奥多摩の山々へよく出かけたが、時には中央沿線の
 奥秩父、八ヶ岳、北アルプスへ遠出もした。当時新宿発の急行『アルプス』が中央線から大糸線へ直接乗り入れて運行
 しており、塩山、甲府、韮崎、小淵沢、茅野、松本、穂高、大町、南小谷等山麓の停車駅に着くと登山バスが待機接続
 していて、山登りが好きで金のない若者に人気があった。
 しかしその後、国鉄民営化で国鉄がJRに分割されると、モー タリゼーションの波にも押されて、採算の合わない急行
 列車が全廃され、それに伴い登山バスが休止や営業縮小に追い込まれた。自家用車を利用して山登りする人には影響
 はないが、公共交通機関を利用して山歩きを楽しむ私には『行政改革』の結果、登りたくても登山口まで交通の便が全く
 ない山々が増えることとなった

   このころ登山用の装備も整え始めた。ザックはキスリング・ザックで両脇に大きなポケットがついた横長タイプで、
 現在主流の縦長で軽いアタック・ザックとは形状が全く異なる。材質は綿帆布で重く、雨にぬれるとますます重くなった。
 靴は本格的な登山靴ではなく、軽めのキャラバン・シューズを使用した。コンロは灯油を使うラジュース、雪山には毛皮の
 尻当て、ワカン、柄が木製のピッケルを使用した。これらの装備は現在廃れて見ることはない。装備の軽量化、防寒・防風
 ・吸湿性能、耐久性の向上は目を見張るものがある。同様に、登山ウエアは性能・機能が向上すると共によりカラフル、
 よりファッショナブルになり山好き女性が増える一因になったのではないかと思われる。

  関西勤務時代に結婚し、子供ができるまでの束の間妻と二人で立山、上高地、美ヶ原、宝剣岳へ出かけた。子供が
 でき、東京へ転勤すると私だけが山へ出かけることは許される状況ではなくなり、ほぼ20年間山歩きを中断した。再開
 したのは50歳代になって、子供が巣立った1995年以降だ。

  中年になり私も百名山に登ることを夢見た。金銭的に余裕のあるうちにまず遠くの北海道の山から登ることにしたが、
 一人では覚束ないので登山ツアーに参加した。私が利用したのはクラブツーリズムの『歩く』で、宿の手配はもちろん、
 登山口までマイクロバスが送迎しベテラン・ガイドが案内してくれるので安心かつ気楽に参加できた。

  会社の同僚・先輩たちとも東京近辺の奥多摩・丹沢の山々へ出かけた。基本的には日帰りだが時には北・南・中央
 アルプスの鋭鋒を目指した。このころの仲間とは今もお付き合いがあり私にとってかけがえのない友人だ。

  2011年信州松本へ転居後は、東京中心の登山ツアーに参加することが困難になると同時に東京の友人たちとの接触
 も少なくなった。私は電車とバスを使い一人で百名山を目指したが、もともと非力の私はテントはもちろん炊事道具、
 食料、寝袋等を持参しないで山小屋を利用する山行なので登山口までのアプローチが長く宿泊設備・食事つきの山小屋
 のない山はズルズルと後回しになった。結果、百名山のうち、幌尻岳、飯豊山、朝日岳等12座は現在未登であり今後
 も無理だ。


  松本は北アルプスに囲まれており北アルプス登山は比較的便利だが、南アルプス・中央アルプス・上越の山々は列車
 の乗り換えが多く不便だ。たとえば苗場山はJR大糸線、篠ノ井線、しなの鉄道と3度乗り換え4時間以上かかって飯山線
 の津南に着く。さらにバスに乗換え夕方麓の宿に着く。帰路も同様でバス、列車とも本数は少なく登山を終えた当日中に
 松本へ帰り着けないので2泊3日とならざるを得ない。おかげでのんびりとした山歩きとなり宿の周辺を散策したり高山植物
 を楽しんだり、65歳以降の私の山歩きの標準スタイルにはなった。

  前述の通り、深田久弥の百名山登頂はかなわず、88座で終わったが、国土地理院の日本の山岳標高一覧に準拠した
 3000m峰21座はすべて登頂した。3000m峰は独立峰の富士山、木曾御嶽山の他に北アルプスでは立山、槍ヶ岳、大喰岳
 、中岳、南岳、大キレットを挟んで北穂高岳、涸沢岳、奥穂高岳、前穂高岳、乗鞍岳の10座があり、南アルプスでは北岳、
 間ノ岳、西農鳥岳、仙丈ケ岳、悪沢岳(荒川三山)、中岳(荒川三山)、塩見岳、赤石岳、聖岳の9座あり、合計21座である。
  3000m峰とは意識せずたまたま縦走中に登ったピークが3000m峰だったこともあるのだが・・・・


 エリア

 掲 載 日  主な山と高原(赤文字の山名は未登頂)

北海道

2022.01.01 利尻岳、羅臼岳、斜里岳、大雪山、十勝岳、トムラウシ、ニセコアンヌプリ、羊蹄山、
幌尻岳
東北 2022.01.01 岩木山、八甲田山、八幡平、岩手山、早池峰山、鳥海山、出羽三山、蔵王山、安達太良山、吾妻山、磐梯山、朝日岳、飯豊山、会津駒ケ岳
北関東・上信越 2022.01.01 至仏山、燧ヶ岳、巻機山、谷川岳、雨飾山、苗場山、妙高山、火打山、戸隠山、高妻山、日光白根山、男体山、赤城山、武尊山、皇海山、四阿山、筑波山、草津白根山、
魚沼駒ケ岳、那須岳、平が岳、浅間山
関東・甲信 2022.01.01 美ヶ原、霧ヶ峰、入笠山、茅が岳、蓼科山、八ヶ岳,両神山、雲取山、金峰山、瑞牆山、丹沢山、富士山、天城山
北アルプス 2022.01.01 白馬岳、五竜岳、鹿島槍ヶ岳、爺が岳、針の木岳、剱岳、立山、薬師岳、鷲羽岳、燕岳、大天井岳、常念岳、黒部五郎岳、水晶岳 ,槍ヶ岳、穂高岳、涸沢・上高地、焼岳、乗鞍岳、笠ヶ岳
南アルプス・  中央アルプス 2022.01.01 鳳凰三山、甲斐駒ヶ岳、北岳、仙丈ケ岳、農鳥岳、間ノ岳、塩見岳、荒川岳、赤石岳、
聖岳、光岳、木曾御嶽、木曾駒ケ岳、宝剣岳、空木岳、恵那山
西日本 2022.01.01 加賀白山、荒島岳、伊吹山、大峰山、大台ケ原山、大山、剣山、石鎚山、久住山、
祖母山、阿蘇山、霧島岳、開聞岳、宮之浦岳、英彦山


  一人で登ることについて


   この『私の山歩き』には、北海道から九州まで150回余りの山行記事を掲載したが、その大半は独行だ。『一人で
 大丈夫ですか?』とか『遭難したらどうするのですか?』と聞かれることがある。そんな時、私はこう答える。『グループで
 登山中、誰かがケガをした場合、貴方はケガをした人の荷物を持ったり、あるいはケガをした人に肩を貸したりして下山
 することができるますか。私は体力が無いのでできません。同様に、私がケガをして動けなくなってもメンバーの援助を期待
 しません。』と。

   私は自分自身の体力・運動能力を人並み以下だと思っている。小学生のころから運動は嫌いで下手で体育の成績は
 いつも悪かった。そんな私だから、私が他のメンバーを援助することは考えられえないし、逆の場合もメンバーに迷惑を
 かけたくない。
  だから私は一人で山を歩く。自分の能力にあった山を選び、無理のない日程を組み、天候悪化の場合に備えて
 必ずエスケープルートや小屋の位置を確認して計画を立てる。
     私の山歩きの際に気を付けていることは
        ①背負う荷物は10kg以内
        ②歩行2時間当たり水500mlを用意する。
        ③1時間歩き5分休憩を繰り返し昼休みはたっぷり
        ④1時間当たり登りは標高差200mまで。
        ⑤目的地の山小屋には15時までに到着する。
        ⑥1日の行動時間は8時間まで。
        ⑦激しい風雨の日には行動しない。

  グループで行動する場合には、グループ全体のペースがあり勝手な行動は慎まねばならない。写真を撮るため
 休憩したくてもガマンしたこともある、若い人のペースに合わせようとしてバテたこともある。一人で歩けば誰に
 遠慮することもなく自分の責任で歩ける。私は慎重というよりも臆病なので無理・無茶はしない。危ないと思えば
 中止したり、引き返えしたりするがグループだとリーダーの意見あるいは多数の意見に従わざるを得ない。
 天候が悪くなり登頂を諦めて引き返したら30分後に晴天になり悔やんだこともあるがそれも一人歩きの貴重な
 経験だと思っている。



    登山ツアーについて


   旅行会社が企画・主催する登山ツアーにはたびたび参加した。登山口までの列車やバスの便が少ないか全く
 ない、山中や近隣に宿がない、登山道や道標もさほど整備されていない山には登山ツアーを利用した。
   登山ツアーには登山専門の添乗員がつき、現地では登山ガイドが二名つく。行動中は先頭と中ほどを登山
 ガイドが歩き、最後尾を添乗員が歩く。登山客は4~5人のグループに分けられて隊列を乱さないように進み、休憩
 の都度隊列を入れ替える。現地ではマイクロバスに乗り換え林道の突き当りまで入ってくれることもある。縦走登山
 では縦走を終えて下りきった登山口でマイクロバスが我々を待っている。百名山三座(皇海山、武尊山、赤城山)を
 二泊三日で登るツアーに私は参加したが登山ツアーだからこそ可能な日程であって個人では不可能だろう。

  まことに無駄のない効率のいい登山を登山ツアーは提供してくれる。お花の名を調べるため立ち止まって植物図鑑
 を開いたり、鳥や動物が現れるのをカメラ片手にのんびり待ったりしながら山歩きを楽しみたい人には登山ツアーは
 お勧めではないが、とにかく百名山に登ることだけを目的とする人には登山ツアーは最適だ。

  しかし、登山ツアーに物足りなさを感じることも事実である。一人で登る場合には、五万分の一登山地図を開き
 ルート、歩行時間、難易度、休憩ポイント、水場や山小屋の有無について確認し、登山口までの列車やバスの時刻表
 を調べ、山麓の宿を予約し当日の天気も予測して山行計画を立てる。これらの事前準備も山歩きの楽しみの一つで
 あり、自分自身で準備するからこそ、計画通りに山頂に立った時の達成感や下山後の放心したような充足感は登山
 ツアーでは得難いと思われる。