たにえみ

みすゞ物語

金子みすゞの世界@南古谷

金子みすゞの世界と題した、笑って泣ける珍しい文学講座全4回、めでたく終了。御参加の方々は "女優もすなる文学講座というもの、我もまたのぞみてみんとてすなり" 風で、楽しんでいただけたようです。面白かったのは、受講者の中に、"亀山八幡宮"(みすゞが命を絶った下関の地にある神社)の氏子さんがいらっしゃったこと。また「私の母は、みすゞと誕生日が同じなんです」という方もいらっしゃいました。この方は、お母様に「金子みすゞという詩人がいてね・・・」と、色々聞いて育ったそうです。=お母様は童謡を投稿していた頃のみすゞをオンタイムで知っているということ。広いようで、世間は狭い!!

さかのぼること講座初日の3月8日。講座終了後に別件、"桜の頃に川越の本丸御殿で篠笛と朗読の会を" 実現のため、青年会議所の方にもご同行願って市役所へ。なにせ企画したのは2年前で、頓挫中なのです。"市の予算を獲得できないか"という観光課経済部への直訴は、あえなく玉砕。この残念な顛末については、またいずれ"本丸ドキュメンタリー"としてupしたいと考えています。私は諦めません。

疲れ切って帰宅すると、ポストに1通の手紙。8年前、みすゞの足跡を辿る旅をした時、下関で大変お世話になったKさんからでした。「谷英美を囲む会」という応援団ができた報告に対して"おめでとう"と心のこもったメッセージをいただきました。久しぶりに、どうしてもお声を聞きたくなりお電話したところ、みすゞに関して、とてもショックな話が・・・。半世紀に渡り埋もれていた金子みすゞの詩を、16年越しで探し出し、世に出したのは矢崎節夫先生という方です。Kさんは、矢崎節夫先生のお手伝いももなさった方。そのKさんから伺った話は、"矢崎先生は、金子みすゞをドラマチックにするための脚色をしている" ・・・これまで、みすゞに関してどうしても腑に落ちないと感じていた事の理由は、このあたりにあるようです。私は未だに混乱から抜け出せません。

文学講座2回目に、急遽"ミニ講演"を差し込み、未整理ながら知り得た事を可能な限り伝えました。時代の常ですが、出回っている情報が正しいとは限りません。心を研ぎ澄まし、見抜く力が大切だと思います。Kさんは、みすゞの人生、生きた時代、そして512篇に及ぶ詩の一篇一篇に、丁寧に向き合ってらっしゃいます。私は、Kさんの研究を尊敬し、信頼しています。

あぁ Kさんの本を出したい!!私、生まれて初めてお金が欲しいと感じます。これまで、どんなにビンボーしても「お金を欲しい」と思った事はないけれど、この度ばかりは、心底、お金が欲しい!!Kさんへの返信にそう書いたら、お電話でたしなめられました。「えみさん、お金は欲しいと思ったら逃げていくんよ。うれしいけど、そんなふうに思っちゃいけんわぁ」・・・なんとも表現できない山口弁ですスマイルマーク

・・・そうですね。Kさんのおっしゃるように、機の熟する時は、きっと来るでしょう。なんの根拠もないけれど、確信が腹の中に落ちてゆきました。その時を待ちます。その日まで、私に出来る範囲で"本当の事"を伝えてゆきます。

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アトリエ・ゆう

不登校支援サークルにて。

この仕事を下さったMさんと、初めて出会ったのは3年前。植竹公民館で【空のかあさま】を上演した時でした。困難の伴う上演において、公民館の担当職員Nさんを全面サポート。大成功に導いてくださり、終演後、楽屋で女3人抱き合って泣きました。以来、同じ釜の飯を食った仲間として、Nさん共々、植竹公民館サークル"キラリ笑"の運営もサポートして下さっています。おそるべし"おばちゃんパワー" 絆は固いのだスマイルマーク

今回のチラシはMさん担当。親しい友人に語りかけるようなチラシの一文には、Mさんの思いが溢れています。その思いは私の胸を満たし、私をつき動かし・・・私は、イタコと化すのです(笑)

小学校時代に苛められて転校、中学受験して入った桜蔭というスーパー進学校で落ちこぼれ、不良に邁進した日々。芝居と出会い、映画出演を機に定時制高校へ。そこで初めて、絶望していた"学校"や"先生"を再び信じられるようになった、私の珍道中。あまりのハチャメチャさを笑いながら、涙して下さる方がいる・・・。決してほめられた生き方ではないのに・・・。

定時制高校は、挫折したり傷ついたりした人間をゆったりと受け入れてくれます。ヤンチャだけど底なしに優しい、生徒達。痛みを知っているからこその優しさです。この優しさは、辛い人生を生きたみすゞにも通じています。そしてきっと、不登校やヒッキーの経験者にも通じる宝物なんだと思います。"ゆう"は、不登校やヒッキーの居場所で在り続けて20年だそうです。この"居場所"という言葉は、私を揺り動かしました。みすゞは"詩"という居場所を手放して、命を絶ってしまった。私は"演劇"という居場所だけは、何があっても手放さず、こけつまろびつ歩いている。"居場所"は、時に、人の生き死にを左右するぐらい大きいものだと思っています。

"アトリエ・ゆう"の20年、バンザイ!!お互いダラダラいきましょう(笑) 頑張りすぎると、みすゞみたいにポキンと折れる。でも、みすゞが命を絶った事にこそ、私達の生きのびるヒントがあるのです。みすゞは短い人生を精一杯生きて、もがきながら宝石のような詩を生み出しました。それは魔法の宝箱。願いを込めてフタを開くと、たくさんの発見がある。私は、これからも、広く深い宝箱の中を探検しながら、元気になれるメッセージを伝えていきます。

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植竹ドキュメンタリー

カ・イ・カ・ン @ 植竹中学校

子供たちの間の花道を、校長先生の先導で拍手の中、体育館壇上へ。一気にテンションが上がりました!!植竹中学校には、名演出家が居るようです(笑) しかーし。ここで油断しては足元をすくわれます。なんせ相手は手強い中学生。私が14歳のころは大人の言うことなんか聞く耳持たなかった。なおかつ「みすゞ物語」の時代背景は、子供たちには未知の世界。大正ロマン、西条八十、古川緑波・・・○×△□???!!!な世界。"掴みはok"で、スタートできるかどうか・・・全ては導入にかかっています。

こうなったら、捨て身&本気作戦しかありません。大人の嘘を一番嫌うお年頃の彼らに、裸の私を受け止めてくれよと、元・ヤンキーだったことから敬愛する田口ランディさんのお言葉まで総動員。800人の子供たちに、ぶつかってゆきました。

とにもかくにも、一番困難な"下拵え"はなんとか無事クリア。これができれば仕事の8割は終わっています。現代の言葉は痩せ細り、瀕死状態であっても"言葉の力"はいまだ健在なり!!そう信じられる時間でした。そして"今時の"などという言葉でくくることのできない子供たちも又、健在なり!!そして、言葉の力を総動員して人の心を動かすことの出来る、肉声の可能性。みすゞの詩集を与えて読ませても、こうはいかないでしょう。あぁ・・・役者やってて良かったぁスマイルマーク

謝辞を述べてくれた女子生徒の「金子みすゞが、こんなにも重い人生を歩んだとは知りませんでした。でも自分なりに、精一杯生きたんだと思いました」という言葉はうれしかった。"希望"を感じてくれている・・・。

時々私は、"谷"に向けられた言葉を、"みすゞ"の気持ちで受け止めてしまうことがあります。この時も終わった直後だったので、子供を残して自殺したことを悔やむ"みすゞ"の気持ちで聞いていたのでしょう。「辛かったのに、よく頑張ったね」と供養されているような、不思議な気持ちになりました。もしかしたら、みすゞを語ることで一番癒されているのは、私自身なのかもしれません。

退場も、登場と同じく気持ちよかったぁ!!手を振る中学生に見送られるなんて・・・もう、気分はアイドル(爆)

暮れに、子供たちの感想文が送られて来ました。現場で肌で感じたことをあらためて言葉にしてプレゼントされた様。おかげさまで、幸せな2年越しとなりました。感謝。

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植竹中学校 みすゞ物語を前にして。

いじめ、自殺、いじめ、自殺‥というニュースに、胸が潰れる思いでいます。私も、小学校5年の時に、いじめられて転校しました。この国では、突出する者は叩かれる。正義感が仇となって受けた、いじめでした。

死にたくて死ぬ人はいません。誰だって、明るく楽しく生きていたいんです。

金子みすゞという一人の女の不器用な生き様は、いろいろなことを教えてくれます。私は、彼女が死にたくなるほど味わった寂しさを無駄にしたくない。なぜ、みすゞは死んでしまったんだろう・・・。どうしたら、死なずにすんだんだろう・・・。子供達に、投げかけてきます。

そして、どうしようもなく辛いことがあったら、どうか一人ぼっちにならないでと伝えてきます。力になりたいと思っている人は必ずいる。「必ず」いるからって・・・。

辛い時は、辛いと言っていいんです。助けて、ということは恥じゃない。だから、声をあげてほしい。SOSを真剣にキャッチしてくれる人とは、すぐには出会えないかもしれない。でも力になりたいと思っている人は、「必ず」いるからって!

いじめをなくせると信じている善意の人には申し訳ないけれど、"いじめはなくならない"という現実を見据えたところからしか、解決策はみつからないと私は思っています。神代の昔からいじめはあったし、これからも続いていく。だから、なくそうと努力を続けることが大事なんだと考えています。

人の心は弱いです。意地悪な心、残酷な心、誰の心の中にもある。胸に手を当てた時、「私は、良い心しかありません」と断言できる人はいないでしょう。いるとしたら、その人の心臓は、かなり毛深い(笑)。

そしてまた、弱さと同じ分量の強い善性も、私は信じています。

伝えたいメッセージは、みすゞの詩にのせると、す~っと届くように感じています。素直な詩だからかな・・・。言葉の力、文学の力・・・。生きるということを示唆してくれる芸術が文学であり、それをナマの魂に真っ直ぐに届けるのがステージである。そんなことを思う、今日この頃です。

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こどもと親の関係

@入間市健康福祉センター 2005/11/18

この講演の主催者:入間市保育所連絡会 は、保育園の保護者の会(学校でいうところのPTA)で、聴衆は保護者の皆様。会長はじめ、役員はみんな園児のパパ。お父さんが出ばってくるって珍しい!それとも最近は珍しくないのでしょうか。

講演後の感想
その壱;「聞いてて、寝なかった講演は初めてです」
その弐;「みすゞのこと、調べたくなりました」

褒められたのかしら?(笑)でも、皆さんのきらきらした眼差し。同じような内容の講演を、大学生にしたとして、同じ目を持つのは何人でしょう・・・。。

この講演で、皆さんの心に【なにか】が生まれ、そしてそれを私が感じ、私の心にも何かが生まれる。素敵な1日でした。*smile*

谷 英美

【迷える、あなたと私のために】

育むということ。

この地球上から、子供という子供がいなくなった日のことを想像してみて下さい。お先真っ暗な気持ちになりませんか?子供たちの笑顔と笑い声は、どれだけ世界を明るくしてくれていることでしょう!自分の子も他人の子も、子供という子供は地球の宝物です。

とはいうものの、情報があふれ価値観が多様化している社会の中で、私たちはどう子育てをしていったらいいのでしょうか・・・。残念ながら、子育ての悩みに、すぐ効く、よく効く特効薬はありません。私自身 悩みは尽きず、どなたか迷える私を導いて下さる方がいるのなら、おすがりしたい毎日です。

私は、大切なことは頭で考えるのではなく、自分の心と身体に問いかけるようにしています。私のやり方が正しいとは限らないし、押し付けるつもりもありませんが、そうすると、自然で無理のない答えが導き出せるような気がしています。

あたりまえですが、子供が生まれて初めて親になります。マニュアルの通用しない、【子供】という未知の生き物との世界に、私たちは、いきなり放り込まれるわけです。子供が0歳なら、親としても0歳。お集まりの方々は、親として0歳~6歳という方が多いのでしょうか。私は中学2年の息子が一人いるので、親として14歳です。たかだか14年ぐらいの経験で、皆さんの前で偉そうにお話できることなど何もありません。

今日は、苛酷な人生の中で無理に無理を重ね、ポキンと折れてしまった金子みすゞを例にとって、【さびしさ】についてご一緒に考えてみたいと思います。

金子みすゞの詩は、命を見つめる優しい視点が注目を集め、その詩は教科書にも取り上げられています。しかし、命をみつめる優しい視点があったのだとしたら、何故、彼女は もうすぐ3歳という幼い一人娘を残して自殺してしまったのでしょうか。

何が、彼女を死へ追いやってしまったのでしょうか・・・。

みすゞと彼女のお母さんの関係性から、みつめてみたいと思います。

≪聞き届けられるという望みがなくなると、子供はもはや訴えなくなり悲しみの中へ入っていく≫ ------モード・マノーニ / 『母と子の精神分析』 (Maud Mannoni / D'un impossible a l'autre 1982)

自分が仕事をしていることで、子供にさびしい思いをさせているのではないか・・・。仕事を持つお母さんで、その思いが胸をよぎったことのない人はいないとおもいます。

でも、どうか自分を責めないで下さい。きっと大丈夫!だって、こんな私でも、なんとかここまでこられたのですから。この先は、わかりませんが(笑)

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宮原公民館 文学講座 第一回 2006/11/07

みすゞさんへの涙を頂きました。金子みすゞの生涯を語ったら、お客様には泣いてほしいというのが本音なのですが・・・私は、演っている最中に鼻をすする音が聞こえて来ても、(風邪ひきの方が多いんだな)と思うことにしています。そうじゃないと、調子にノってしまって、イイ仕事ができない(タイプの役者らしい)です(笑)

物語終了後、フリートーク&質問の時間を設けたら、濃い質問がドシドシ寄せられました。深いところで受け止めて下さったのだなあと、嬉しかったです。

質問例)

講座用テキストに載せられなかった、オフレコの話をたくさんすることができました!!

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キラリ笑(植竹公民館サークル)と みすゞ塾@蓮馨寺(朗読サークル)のメンバーが応援に来てくれて心強かったです スマイルマーク 5年前の行田上演以来、変わらぬ応援を続けて下さる方の御参加にも、【アローン・シアター】の歴史を感じました。これからも、みすゞの魅力を素敵に伝えて行きたい。さらなる精進を重ねなければと、身の引き締まる思いがしました。エネルギーをチャージされた一日に感謝。

宮原公民館 文学講座 第二回 2006/11/30

受講者から、素敵なプレゼントをいただきました!!

カリスマの如 感性鋭く 美しきものは詩の言葉なり
根のやさしく 感情濃やかに 家族を偲ぶ 美しく淋しき故郷の詩
心うつ自然を愛でる言葉で綴る 詩の数あまた
身も心もズタズタに 愛と苦悩を断ち切りて「筆を折る」薄幸の詩人
鈴の音のリンとして 愛と悲しみの ゴイの羅列にヒビキあり
ズシリと心を抉る 言葉の煌めき 今日も詠いつがれる美しきミスズの詩

第一回の"みすゞ物語"を、このように受け止めて下さったのを知り、うれしく、感動しました。

そして第二回目のこの日、想定外のうれしい出来事が・・・参加者40人!チラシには<一日俳優体験>12月10日に上演するお芝居の1シーンを体験しましょうと明記したのですが、普通、ヒキますよね。「一体、なにをやらされるんだろう」とビビって来ない方が続出するだろうと思っていました。「一人でも受講者がいらっしゃれば、私はやりますから」と、担当者にも言っていたぐらいです。予測としては15人。"みすゞ物語"の評判が良かったので、そのくらいはだまされて来るだろう・・・(爆)ふたをあけてみれば、どど~んと倍以上の大漁でございました。

カリキュラムは、同じ詩が"朗読"と"芝居"という異なるスタンスで対峙したときに、表現が変わるか変わらないか、変わるならどのように変わるのかを、我が身を使って人体実験。題材は【海の果】【學校へゆくみち】【このみち】【草の名】--- 空のかあさま /【電報くばり】--- 美しい町 / 【野茨の花】【雪に】--- さみしい王女。

参加者40人では、全員を細かく見ることは出来ません。それぞれの詩についてお一人づつ、実験台になって頂きました。皆さん、新人とは思えない名優ぶり!!唯一の男性人柱には、【野茨の花】を"辞世の句"のつもりでやっていただきました。

【野茨の花】
白い花びら
刺のなか、
「おうお、痛かろ。」
そよ風が、
駆けてたすけに
行つたらば、
ほろり、ほろりと
散りました。

白い花びら
土の上、
「おうお、寒かろ。」
お日さまが、
そつと、照らして
ぬくめたら、
茶色になつて
枯れました。

---- さみしい王女

すっごくカッコ良かった!!語弊があるかもしれませんが、特攻隊みたいでした。残していく家族に幸あれと散っていく感じがして、思わず「オトコだねぇ」とコメントしてしまいました。

宮原の皆さんって積極的で、貪欲で素直。これだけ色々なところでやっていると、"土地柄"というものを感じます。終了後のアンケートは、楽しかったという文字のオンパレード。私も楽しかった!!こんなに盛り上がれたのは、皆さんのおかげです。ありがとうございましたスマイルマーク

*空のかあさま上演* 宮原コミュニティセンター (宮原公民館 文学講座 第三回) 2006/12/10

以前からのスタッフ、手弁当で応援して下さる仲間、今回初参加の方、沢山の人の支えで、舞台は出来上がっていきます。アローン・シアターは私だけのモノではなく、支える全ての人それぞれのアローン・シアターがあり、それらが一つにまとまって、舞台に収束、花開く・・・言葉で言えば簡単ですが、山あり谷ありです。

前日仕込みは"夜"という環境の中、余裕あるスタッフの存在が、どれだけ有り難く、助かったことか!感謝!!車両部&大道具の高橋 彰さん、美園公民館上演で創る楽しさに嵌まった宮下さん、今回初参加のサダさん、照明担当の長沢さん、お世話になるのは3回目の㈱テイクさん、テイクさんは、会場である宮原コミュニティセンターの会館付きスタッフ。そして雨の中をバスに乗り、お握りの差し入れに来て下さったNさん。ここまでして頂いて、芝居でコケたら切腹もの。気合いも入ります。そして、皆さんのおかげで恥じないステージを務める事ができました。

今回を最後に、たもとをわかつスタッフが居ます。ゴージャスな布陣は、3年間コンビを組んで来たそのスタッフとの最後を飾る、何よりのはなむけとなりましょう。"役者とお客さんさえ居ればステージは成り立つ"と、見様見真似で企画書を作り、やったこともない営業を始めたのが原点。そこにいる人とあるものでなんとかするのが、【アローン・シアター】。自分の覚悟のほどを確認し、裸一貫、出直しです。そう、私は、焼け跡のマリア・・・んなカッコ良くないか(爆)大丈夫、変わらない私がここにいる!!

ということで、3代目演出&音響スタッフ募集中。詳細は募集ページを御覧下さい。今、頭をよぎるのは、どこかで聞いた詩の一節 --- 始まりに終わりはない/終わりに始まりはある ---

宮原公民館 文学講座 第四回 2007/2/8

この講座の難しさは『文学講座』の一環として"朗読入門"をやるという、微妙な位置付けにあります。これが"朗読講座"であれば、初心者も経験者も目的は一つなのですが、入門という的の絞りにくさに加えて、(ありがたいことに)人数が多い。"朗読"という表現に興味津々な人と、人前で一人でよむなんて気後れするという方が混在しています。そこで、安心してヘマできる(笑)気楽な環境をつくるために、二つの仕掛けを取り入れました。

ルールは簡単。「○○さん、△△です」と相手の名前を呼ぶ&自分も名乗るということが大切。"知り合った"という実感、それが緊張を和らげるからです。「握手したくなーい」という方は、しなくてもOK。その時は、明るく「パス」と言って、手を後ろで組みます。これを目印に、OKの人に握手を申し込みます。大切なのは「握手したくない」という否定を言葉に出さないこと。否定の言葉はネガティブな空気を生み出しますからねスマイルマーク

こんな感じで、和気藹々スタート。この手の講座にしては、珍しく男性が8人も!! 私のレギュラー講座はいくつかありますが、女性率99%、男子禁制じゃないのですけどネ(笑)個性豊かな男性陣のよみはとても新鮮でした。そして"ブラヴォー"だったのは、詩をよんでいただこうと指名した女性。手を後ろで組んで意思表示。素晴らしい。そうです、否定の言葉を使わない事が大切なのです。

茨木のり子 vs 金子みすゞ。魅力の違いと特色を体感するワークのしめくくりに、"逆のケース"を一つ。書き言葉が多い茨木のり子の詩にも、声に出して詠んだ方がぴったりとくる詩もあるのです。

【女の子のマーチ】
男の子をいじめるのは好き
男の子をキイキイいわせるのは大好き
今日も学校で二郎の頭を殴ってやった
二郎はキャンといって尻尾をまいて逃げてった
     二郎の頭は石頭
     べんとう箱がへっこんだ

パパはいう お医者のパパはいう
女の子は暴れちゃいけない
からだの中に大事な部屋があるんだから
静かにしておいで やさしくしておいで
     そんな部屋どこにあるの
     今夜探検してみよう

おばあちゃまは怒る
魚をきれいに食べない子は追い出されます
お嫁に入っても三日ともたず返されます
頭と尻尾だけ残し あとはきれいに食べなさい
     お嫁になんか行かないから
     魚の骸骨みたくない

パン屋のおじさんが叫んでた
強くなったは女と靴下 女と靴下ァ
パンかかえ奥さんたちがわらってた

あったりまえ それにはそれの理由(わけ)があるのよ
     あたしも強くなろっと!
     あしたはどの子を泣かせてやろうか

---- おんなのことば / 童話屋 1994/8 / 茨木のり子

男性にはお座りいただき、女性の群読でフィナーレの"ショータイム"。男性陣からは「先生、これイジメですか」コールががががggg(笑)

宮原公民館 文学講座 第五回 2007/2/22

本日、この5回にわたる宮原公民館・文学講座の最終回。おかげさまで、無事終える事ができました。初回が11/7・・・期間が長かったからでしょうか、マラソンを終えたような達成感を味わっています。

以下、前回 2/8 の"金子みすゞ vs 茨木のり子"の感想から抜粋

他に、声に出してよむことの楽しさや発見について書かれた方も多かったです。前回今回を通して、詩の力、肉声の可能性について、私も改めて考えさせられました。愛誦できる一篇の詩が傍らにあるということは、おおきな慰めと成り得る!!・・・と言い切ったはいいが、詩とは一体何なのか?・・・辞書を引いてみました。でも、その説明は、全然知りたい事の答えになっていません。なぜ私は、このジャンルの文学に心惹かれるのだろう・・・。

そしてまた"文学とは何ぞや"・・・みんなに投げかけてみればよかった。来月、川越の南古谷公民館で文学講座をやらせていただくので、みんなで考えてみようっと!!ちなみに、私にとって文学とは、生きる示唆を与えてくれる物語です。・・・???それって文学だけじゃなくて、全ての芸術に言えるかも知れません。この論でいくと、"詩は、生きる示唆を与えてくれる短い言葉"ということになるのかしら。皆さんはどう思われますか?

それにしても、みすゞの魅力を思うさま語れて幸せでした。受講者の方にも喜んで頂けて、嬉しかったです。講座は、担当者との二人三脚。やらせていただいて良かったと、心から思える事に感謝です。この講座、好評につき、自主サークルとなる予定。4/12 に、サークル発足のための話し合いをいたします。追って、嬉しい報告を出来そうです。

ここのところ、"おばちゃん"という生き物の純粋さとネットワークの底力を感じています。この日も、担当者の紹介で馬宮公民館の館長さんが視察にみえました。通じ合える"何か"を持ってらっしゃる方は、話せばすぐにわかります。「金が無い」という公民館の常識に挑む、不屈の闘志を秘めた暴れん坊な女達。それを、そこはかとなくサポートする心優しき男性陣がちらほらり。

一番最初、公民館の館長さんを、必死に口説いて始めた講座がサークルとなり、実績を積み上げつつ営業、すこぉしずつ上演やら講座依頼が舞い込み、また自主サークルとなり、・・・このように、クチコミが真に機能し始めるには、5年という歳月を費やしました。兆しが見えた6年目を経て、『アローン・シアター』は7年目を迎えます。5年目が一番キツかった・・・このまま先細りになるのかと、胸が潰れる思いでした。何かにつけ宣伝してくれる皆さんに感謝、そして食えない芝居を続ける私に、目をつぶり続けてくれている家族にも感謝です。父の言葉:「こんなに金がないのに、どうしてお前は笑っていられるんだ?!」それは、父上、母上ともども、私をおおらかに(?)育てて下さったからです(笑)

培ってきたネットワークとおばちゃんパワーを活かして、笑顔と感動の種まきをし続けていきたい。平田オリザさんの、「この国には、頭と身体を鍛える場所だけで、心を鍛え、心を豊かにする場所がない。」芸術による文化の灯をともし続けていきたいです。そして願わくは、家族の忍耐もそろそろ限界なので、食えるようになりたいですスマイルマーク

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