青山~池袋

2023年4月20日 青山~池袋

青山通り明治神宮表参道交差点を少し入ったところから再開。この時期の表参道は、新緑の街路樹が心地よい。
この日は、千駄ヶ谷を通って新宿御苑に入り、戸山公園、西早稲田を通り、面影橋を渡って雑司ヶ谷から東池袋まで進む予定。

表参道交差点のすぐ近くに鎮座している秋葉神社は、もとは青山善光寺の境内鎮守として祀られていた。青山善光寺は神社横の路地を入った先にあるが、以前矢倉沢往還を歩いた際に立ち寄っている。

表参道を少し進んで最初の路地で旧道に入り、国学院高校の方にしばらく進んで大通りを斜めに横切って行くと青山熊野神社が鎮座している
もともとは紀州徳川家の江戸屋敷内にあったが、町民の要請により現在地へ遷座し青山総鎮守になっている。地元に溶け込んでいる様子で、私が参拝している間も次々に比較的若い人が参拝に訪れていた。

熊野神社から先の緩い下り坂を勢揃坂という。道路脇の説明板に「後三年の役で八幡太郎義家が奥州征伐に向かうとき ここで軍勢を揃えて出陣していった・・・・」とある。
勢揃坂の途中左手に龍巌寺を見ながら下っていくと突き当りは工事中の塀に囲われているが、その向こうには国立競技場の屋根が見える。その先、左の方に道なりに進み、広い通りを横切ってそのまま道なりに行くと鳩森(はとのもり)八幡神社のところに出る。


千年以上の歴史を持つという古社で、境内の一角にある富士塚は寛政元年(1789)築造で都内最古と謂われ、頂上まで登ることができる。登山道・下山道の案内板がしっかり設けられていてかなり本格的に造られている。また、境内には立派な能楽殿もあり、5月の薪能開催の案内があった。

鳩森八幡神社を出て、東京体育館横の道を進んでいくと、目の前はJR千駄ヶ谷駅。この界隈はいまだオリンピックの興奮が冷めやらない雰囲気がある。
駅横のガードをくぐって行くと新宿御苑のところで鎌倉街道は消滅しているが、往時は新宿御苑を横切っていたという。
徳川家康からこの地域に領地を授かった内藤清成の屋敷地は、四谷、代々木、千駄ヶ谷、大久保に及ぶ広大なもので、甲州道中、青梅街道、鎌倉街道が交差する要地であった。内藤氏7代目の清枚が、元禄4年(1691)に信州高遠城主となった時、神田小川町に上屋敷、今の新宿御苑は下屋敷となった。その後、明治時代に新宿御苑は皇室の庭園として誕生し、戦後一般開放された。
新宿御苑の千駄ヶ谷門から苑内に入ると、コロナ禍の落ち着きでインバウンドが復活しているせいか、多くのインバウンド客で賑わっている。


新宿門を出たら散策路を右へ進み、新宿一丁目南信号前まで来たところから北に向かうのが旧鎌倉街道。この散策路は玉川上水・内藤新宿分水散歩道で、その下には甲州街道がトンネルになって通っている。
旧鎌倉街道に入り新宿一丁目西信号を渡って左に少し入ったところにある太宗寺は、高遠藩・内藤家の菩提寺であり、旧甲州街道歩き旅でも訪れているが、今回も立ち寄ることにした。
門を入った右側に江戸六地蔵の一つ銅像地蔵菩薩坐像が鎮座している。広い境内には、閻魔堂、不動堂などがあり、不動堂裏手の墓地に信州高遠藩内藤家墓所がある。

街道を少し進んで新宿一丁目北交差点で左へ曲がると「綿のおばば」と呼ばれる奪衣婆像で知られる正受院がある。
その隣の成覚寺には、江戸時代中頃に活躍した浮世絵師・狂歌師・戯作者恋川春町の墓がある。それに並んでいる旭地蔵には七組のならぬ仲を悲しんで心中した遊女と客達等の戒名が記されている。また、本堂前の合埋碑は内藤新宿にいた飯盛女達を弔うために造立されたものという。
この地域の歴史の一面が垣間見られる。

街道に戻ってしばらく進んだ天神小学校先に西向き天神社が鎮座する。安貞2年(1228)に勧請したとされ、社殿が大宰府の方角である西向きに造られていることから西向き天神という。
広い境内の外れには天保13年(1842)築造の富士塚がある。街道側からは結構な高さに見えていたが、境内から見るとそれほどの高さを感じず、また柵に囲まれていて中には入れなかった。
境内には西向き天神の別当寺である大聖院もあり、すぐ前に山吹坂と呼ばれる石段がある。太田道灌に山吹の一枝を捧げた女性・紅皿の墓が近くにあることにちなんでこう呼ばれるようになった。
その紅皿の墓が大聖院の駐車場の隅にある。

太田道灌が高田の里(現在の面影橋のあたりとされる)へ鷹狩に来たときににわか雨にあい、近くの農家に蓑を借りようと立ち寄った。その家の少女・紅皿は、庭の山吹の一枝を差し出し、御拾遺集の中にある「七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだになきぞかなしき」の歌の「実の」を「蓑」にかけ機転のきいた断り方をしたのだが、道灌はその時はその意味が理解できていなかった。後に山吹の意味を知った太田道灌は歌道に励み、紅皿を城に招いて歌の友とした。その紅皿は死後この地に葬られたという。

街道に戻るとほどなく抜弁天通りにぶつかり、右の方に少し行ったところに抜弁天厳島神社が鎮座する。


後三年の役で奥州へ向かう八幡太郎義家がこの地に宿営したとき、遠く安芸にある厳島神社に戦勝祈願し、奥州平定の帰路、戦勝お礼にこの地に厳島神社を勧請したと伝えられる。
境内参道が南北に通り抜けできることからいつしか抜弁天とよばれるようになった。

抜弁天通りを横断し、総務省統計局の案内板が出ている狭い道を入って北にむかって行く。
狭い道に入ると総務省統計局横まで真っ直ぐな道が続く。
やがて広い道に出て総務省統計局角の信号を渡ると向かい側の都営戸山ハイツへと入って行く。
渡った先ですぐに戸山ハイツの間を通って戸山公園に入る。
そこに「尾張徳川家戸山荘余慶堂跡」の標識が立っており、そばの「箱根山地区の歴史」の説明によると、この辺一帯の土地は寛文8年(1668)に尾州徳川家の下屋敷となり、戸山荘と呼ばれる約13万6000余坪の広大な屋敷には回遊式築山泉水庭が造られた。明治以降は陸軍外山学校用地となり、その頃から園地の築山を箱根山と呼ぶようになったという。


広い公園内を少し行ったところに小高くなっている箱根山がある。標高44.6mのこの山は山手線内で最も高い山だという。山頂にあるご案内には、戸山公園サービスセンタに申し出ると「登頂証明書」を発行するとある。

公園を抜けて坂道を下っていくと諏訪通りにぶつかる。ここを左へ行くと鎌倉街道に復帰できるのだが、右の早稲田大学の方に少し行くと馬場下町交差点のところに穴八幡宮がある。


康平5年(1062)、源義家が奥州から凱旋の帰途、この地に兜と太刀を納め八幡神を祀ったという。「穴八幡」の名は、寛永18年(1641)、良晶上人が山裾を切り開いていると横穴から金銅の御神像が見つかったことに由来する。
隣の放生寺は穴八幡の別当寺で、寛永18年に開創されたとされる。虫封じの御利益がある。

諏訪通りを戻り、学習院女子大学向かいのみずき児童遊園ちょっと先の細い道を入って行くのが鎌倉街道旧道になる。
ほどなく早稲田通りを横断し、生花店の脇の路地に入って突き当たったら左へ曲がってすぐ右に曲がっていくのだが、突き当たりで右へ伸びる真っ直ぐな道は茶屋町通り。早稲田通りとこの茶屋町通りで囲まれたあたりがかつて旗本たちの馬術の練習場である高田馬場があったところになる。
 
街道を進んだところにある亮朝院(りょうちょういん)は江戸城大奥・能勢近江局の開基とされ三代将軍家光以来、代々将軍家の祈願所となっていた。本堂前の袴腰鐘楼門と七面堂前の赤門という二つの山門があり、それぞれの奥にある本堂と七面堂は新宿区指定有形文化財となっている。


亮朝院から少し行った大通りには今では珍しくなった都電荒川線が走っている。そこを横切ると神田川に架かる面影橋を渡る。
橋を渡ったすぐ右手に山吹の里碑が置かれているが、この辺一帯は、太田道灌と紅皿の逸話が由来する 「七重八重 花は咲けども・・・」の歌にちなんだ山吹の里と言われた地だという。西向き天神の別当寺大聖院にあった山吹坂や紅皿の墓とともに件の逸話の所縁の地となっている。

その先の氷川神社は平安時代の貞観年間(858~877)創建という古社、向かいの南蔵院は室町時代の開山とされる。
南蔵院から宿坂通りを少し行くと金乗院がある。


左に十一面観世音の石柱、右に不動尊の石像が立つ山門を入ると、由井正雪と共に幕府の転覆を謀り、処刑された丸橋忠弥の墓をはじめ寛文6年(1666)造立の倶利伽羅不動庚申塔、寛政12年(1800)造立の鍔塚など多くの石造物がある。
山門を入ったすぐ右手の目白不動堂は文京区関口にあったのだが太平洋戦争の戦災により焼失したため、本尊の不動明王像を金乗院に移して合併したものである。


金乗院を後にすると街道は宿坂道を上っていくが、中世の頃、宿坂の関がこの辺りにあったことにちなむ名といわれる。
坂を上ると目白通りに出るが、通りを横断した先から旧道は消滅しており、都電荒川線の踏切を渡って欅並木の鬼子母神参道に入って行く。


鬼子母神(きしもじん)は安産、子育の神として信仰を集めてきた。本尊の鬼子母神像は室町時代に雑司ケ谷あたりの地から掘り出された像を祀ったものという。

鬼子母神堂を出ると、三叉路の真ん中に南無妙法蓮華経と刻まれた大きな髭題目碑が建っており、その左側の道が法明寺参道となっている。
参道突き当りの法明寺は弘仁元年(810)に威光寺として開創しその後法明寺に改称したと伝わる古刹で、源義家以来、源家の祈願所だったとも云われている。


法明寺を出たら、法明寺と墓地との間のかなり狭い路地だが結構人通りが多い。
狭い路地を抜けるとやがて広い道に出て本立寺横を通り、その先でグリーン大通りに出たら左に行くと池袋東口に至る。