2012年8月28日 駒木野(高尾)~小原~与瀬~吉野~関野~上野原
JR高尾駅前から国道を左に進み、ガードをくぐって西浅川交差点で右折すると、駒木野宿に入る。国道と分れると、旧道沿いには古い民家などが点々と残り、漸く旧街道らしい雰囲気となる。
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◆駒木野宿
旧道を進むと、右手に国指定史跡小仏関所跡がある。戦国時代には小仏峠に設けられていたが、徳川幕府になり、重要な関所としてこの地に移された。
関所跡のすぐ近くには、甲州街道駒木野宿碑が建っている。ただ、この駒木野宿には旅籠はなく、本陣と脇本陣がそれぞれ1軒ずつあっただけで、関所に付随する簡易宿場のような位置付けであった。
関所跡の少し先は緩やかな坂になり、甲州街道念珠坂碑が建っている。細い道の脇には清流が流れ、ようやく旧街道らしさが感じられるようになる。
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◆小仏宿
いかにも年代を感じる煉瓦造りのJRのガードを過ぎると小仏宿になる。小仏宿は、峠越えの手前に位置するが、本陣、脇本陣はなく、旅籠が11件あったのみである。
がてJR中央本線は小仏トンネルに入って行く。小仏川沿いの上り坂をさらに進むと、清楚な佇まいの浅川神社があり、そのすぐ先に寳珠寺がある。参道口に石仏が連なっている寳珠寺は、小さな仏を安置したところから小仏の地名由来になる。
寳珠寺から少し先に小仏峠登り口があり、しばらくは山道になるが、小仏峠頂上まではそれほど険しい行程ではない。頂上には小仏峠560mの標柱に並んでなぜか狸の置物が置かれている。
ここは、陣馬山から高尾山までの縦走路途中にあり、これまでも何度か通ったところである。陣馬山-明王峠-景信山-小仏峠-城山-高尾山という縦走コースは、特に桜の時期、百花繚乱の体をなして真に気分良くトレッキングが楽しめる。
甲州街道はここから相模湖方面に向かって下ってゆく。下り口には、旧甲州街道の標識が立っているので、道標に沿って下り始める。途中、杉と竹が混在するちょっと珍しい林を通り、30分ほどで舗装道に出る。
この先、底沢バス停のところに出るルートは資料によって異なっているが、美女谷温泉方向の案内板に従って行くことにした。
はるかに上空を通る中央高速の下を過ぎ、照手姫伝説の案内板がある三叉路を左に行って、もう一度高速道の下を通ってしばらく行くと、中央本線のガードをくぐり、現在の甲州街道(国道20号)の底沢バス停のところにでる。
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美女谷あたりで、一時、道が分からなくなり、橋のない小川を渡渉したり、雑草が覆いかぶさっていて人が歩いた気配のない藪こぎの道に入り込んでしまったが、何とか本来の道に出ることができてホットした。
底沢のバス停から小原宿へ入って行くと、本陣の手前に「小原の郷」という小原宿の資料館が見えてくる。
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◆小原宿
小原と与瀬は片道継立の宿で、甲州へは小原から吉野へ継ぎ、江戸方面には与瀬から小原を通り越して小仏宿へ継ぐ。
小原宿本陣清水家の建物は、神奈川県では東海道を含め、建物として現存する唯一の本陣で、建てられてから200年ほど経つもので、神奈川県指定重要文化財となっている。本陣建物は公開されており、内部も自由に見学することができる。ややこじんまりしているが、控の間、中の間、上段の間と続き、上段の間からは庭の築山の眺めがよい。玄関を入ってすぐのところに、大きな大名駕籠が、でんと置いてあり、そのほかにも昔の道具がいろいろと展示されている。
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小原宿は本陣のほかにも旅籠風の建物がいくつかあり、往時の宿場の雰囲気が感じられる。
この先、旧道は中央高速出口道路を過ぎて、旅館ひらのの看板のところで国道から右手に入るのだが、今回はこのまま相模湖駅前まで国道を歩くこととした。
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◆与瀬宿
JR相模湖駅付近が与瀬宿であった。今の相模湖駅は元々は与瀬駅として開業している。小原と合宿で江戸方向へのみ継ぐ。今は、古い家はほとんど残っておらず、髙尾山、相模湖などの行楽の基地に変貌している。
相模湖駅前を過ぎ、慈眼寺の案内が出ているところを右に曲がり階段を上って行くと、なんと中央高速道路を跨ぐ歩道橋が参道になっている。中央高速を越えると慈眼寺があり、さらにその奥の坂道を登ると與瀬神社が鎮座する。
與瀬神社は、山門から本殿までは50段ほどのかなり急な石段を上がるが、上から見るとほとんど垂直で、しかも手すりもなく、下るときには少々危険を感じるほどだった。
鳥居の前を進んで行くと中央高速の石垣に突き当たってしまうが、脇をすり抜けると国道に合流する。高速のガード下を左方向へ円を書くようにカーブし、再び高速をくぐったところで右方向へ登って行くと、またまた高速をくぐって徐々に山道になっていく。
左手眼下に相模湖を眺めながら行くと、やがて山腹に素朴な佇まいの秋葉神社があり、街道脇には古い石碑群が置かれている。
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この先しばらくは淡々と歩き、中央道にかかる橋を渡り、観福寺の前を通って中央道相模湖インター入口にかかる橋を過ぎて国道に出る。そのまま進むと次の吉野宿へ入っていく。
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◆吉野宿
国道20号線沿いの宿になっていて、交通量がかなりある。宿としては江戸と甲府の中間点で、参勤交代の常宿として、又旅人の旅籠として栄えたが、明治29年12月に大火があり本陣も含めほとんど焼失してしまった。小さな宿場で、やがて沢井川に架かる吉野橋のところに来る。
往時、吉野宿から関野宿へ向かう道には小猿橋という橋が架けられていた。沢井川の川面までの高さと急流により、橋脚を立てることができず、両側からの刎出し木により掛けられていて、大月の猿橋に似ていることから小猿橋と名付けられたという。架設と維持に大変な苦労があったその橋も、今は相模湖に沈んでいる。
沢井川を渡ってから右へ曲がっていくと、藤野中学校の前を通って、すぐ国道へ合流する。
藤野駅を通過しその先で中央本線を越すと、関野宿に入って行く。
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◆関野宿
関野宿は、諏訪番所を通り甲斐の国に通じる最後の宿ということもあり、重要視されていた。道幅は2間余り、民家が相対して軒を並べ、本陣、脇本陣を備えた宿場であったが、明治21年とその後の2度の火災で焼失してしまった。
町には国道20号が通っているが、吉野よりさらにひっそりとしている。
藤野駅前を過ぎ、淡々と歩き、名倉入口信号のところで国道と分かれて左の下り坂を行く。 5分ほど歩いて下りきったところで境川に架かるのが境沢橋で山梨県と神奈川県の境となっている。
橋を渡りまっすぐ進むと相模川(山梨では通称桂川)の手前で広い道路に合流し、そのまままっすぐ目前に境川橋があるが、これは渡らず右にUターンして上り坂を進む。この橋の向こうは相模原市、こちらは上野原市になる。
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このあたり、山、川、湖などが複雑な地形を形成しており、その合間を縫って集落、鉄道、道路がひしめき合い、さらに高速道路が造られている。
ヘアピンカーブの急坂を進み、上った右側にあるのが諏訪関所跡の碑で、これは境川番所・境川口留番所とも言われ、通行取り締まり、物資出入り調べ、高瀬舟取り締まりと徴税、鶴川渡し場取り締まり、通行手形改めなどを行い、明治4年に廃止となった。
坂を上り終えて諏訪という地区に入ると、右手に諏訪神社が鎮座する。鳥居を過ぎると巨大な杉が五本並んでいる。
しばらく道なりに歩くと、中央高速を陸橋で渡り、右に鳥居も本殿も真っ赤な疱瘡神社がある。その奥の小高い塚が日本橋から18番目の一里の塚といわれている。
この先、右から国道20号が合流してくる新町のところから上野原宿となる。
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◆上野原宿
甲斐の国最初の宿。八王子から分かれた裏街道・陣馬街道との分岐点で、文化年間(1804~1818)には250軒もの商家が軒を並べ、織物、野菜、干魚、酒などを商っていたという。
上野原宿は、国道が合流してくる新町交差点の少し先の地点から始まる。
天正23年(1594)武田信玄の娘が北条氏政に嫁いだ際は、武田側一万数千、北条方も五千の兵をここに送り、娘を北条方に引き渡したという歴史がある。
新町2丁目交差点の先を少し左に入った所にある牛倉神社は、敷地の広い神社で、拝殿、本殿とも最近再建されて、新しく、きれいですが清々しい。
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今日は、ここから上野原駅に行って帰途に就くが、長くて急な下り坂が続く駅までの道が、疲れた体には結構きつく感じられた。JR上野原駅は市の中心街からずっと離れた桂川段丘の下の方にある。
それにしても、小仏峠から小原~与瀬~吉野~関野のあたりは、山や川が複雑に入り組んだ狭い土地で、宿間距離は短く小さな宿場がいくつも続いているが、昔は橋などもほとんどなく、往来はさぞ大変であったと思われる。
こうした不便な地形をものともせず、今は国道、中央高速道、中央本線、旧道がひしめき合うような状態だが、立体的に山間を道路が貫いているさまを眺めると、あらためて人間の力のすさまじさを感じさせられた気がする。







