こま参道~大山山頂

2020年11月12日 こま参道~大山山頂

今日は大山街道のゴール、大山山頂を目指す。
小田急小田原線伊勢原駅前からバスで大山ケーブルバス停まで行き、こま参道入口から再開する。
コロナ禍の下の平日にもかかわらず、伊勢原駅前からのバスは老若男女の登山客で満員で、ちょっとびっくり。
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こま参道~追分
阿夫利神社御神燈の建つところで右手のこま参道に進むと、15分ほどで大山ケーブル駅に着く。男坂、女坂を上る道は、駅入口左手の「関東三六不動札所 一番霊場 雨降山 大山寺」の看板のところを上がって行く。


最初の踊り場で足を止めると、山茶花の紅色の花を背景に冬咲き桜が淡いピンク色の花を咲かせていた。
さらに階段を上がって行くと、追分社ともいわれる八意思兼神社に突き当たる。

ここで、右が男坂、左が女坂と分かれる。女坂は見どころが色々あるが、男坂は急斜面が続く難所だというので、素直に女坂の方に進む。

追分~大山寺
女坂には多数の石塔、石仏などがあり、案内標識も随所に設けられていて、多くの参拝者に対する配慮が感じられる。
次々と現れる「女坂の七不思議」などを眺めながら進んでいくと、やがて前不動堂と呼ばれるお堂前に来る。大山は安政2年に大火にあっており、火災後、ケーブルの追分駅付近にあったものが、今の場所に移築された。隣の龍神堂は、倶利伽羅堂とも呼ばれ、もとは二重滝の傍らの二重神社のところにあって、安政の大火で焼失を免れていたのを明治の初め、ここに移した大山最古のお堂という。

前不動を過ぎると左に大山寺への長い石段が続く。ここは、紅葉の名所で、ちょうど見ごろの紅葉を楽しもうという人達が多くなっている。

石段を上がりきった所に大山寺が建つ。

天平勝宝7年(755)、奈良東大寺の別当良弁僧正が開山した。明治初年の廃仏毀釈によって破壊されていたが、明治18年に全国の 信者たちの寄進によって再建された。本尊は願行上人が文永11年(1264)に鋳造した鉄の不動明王である。その霊力の強さと 御利益の大きさに家康、家光などの将軍家はもとより、関東一円の武士や庶民に広く信仰された。

大山寺~阿夫利神社下社
本堂の右側を通り、「女坂の七不思議」の一つの無明橋を渡っていく。
やがて女坂は急な上りになり、男坂との合流地点に至ると、そこからは阿夫利神社下社への階段となる。
階段を上がると、玉砂利を敷いた広大な境内が広がり、茶屋があって、参拝者や登山客などで賑わっている。


正面の長い階段を上がると、ようやく阿夫利神社下社に到着する。阿夫利神社は延喜式内社で、関東総鎮護の神として広く信仰されている。阿夫利は「雨降り」を意味するといわれ、水神、山神、航海守護神などとして参拝する人が多い。山頂の本社に祀る三神をここで礼拝する。


阿夫利神社下社~山頂
ここから山頂を目指すには拝殿左手の片開きの登拝門という本社登り口から入るのだが、登拝門前で初穂料100円を納め、自分でお祓いをしてから登拝門をくぐる。そこから先は本坂と呼ばれる急階段が続く。


下社の高度が696mで山頂が1,252mなので高度差約550m、90分程度かかるといわれている。山頂まで28丁に分れ、1丁毎に立っている標柱を目安に上って行く。
上り道は石積みの階段状で、大石が転がっていたりしてなかなか歩きにくい道が続く。
8丁目に立つ夫婦杉は、左右同形の木で、樹齢500~600年を経ている縁起の良い巨木である。
14丁目に案内板があるぼたん岩は、牡丹の花ように見える丸い岩で、中山道を旅した際に、美濃路の「十三峠」でも同じようなものがあったことを思い出した。
15丁目には天狗の鼻突き岩の案内板がある。岩の左側に天狗が鼻を突いた跡という丸い穴が開いているが・・・。
16丁目には追分けの碑という高い石柱が立っている。

享保元年(1716)に初建され、総3m68cmもあるこの石は、麓から強力たちが担ぎあげたという。江戸期の大山信仰の深さを示している。
20丁目の富士見台は、富士山が見える絶景の場所なのだが、残念ながら、この日、富士山は雲がかかっていて見えなかった。
25丁目のヤビツ峠との分岐があり、ヤビツ峠まで2.1km、大山まで200mの標識が立つ。
26丁目の標識まで来ると、山頂は間もなくだ。
27丁目で東京銅器職講の建てた銅製の鳥居をくぐり、28八丁目で「れ組の鳥居」をくぐる。

山頂
鳥居をくぐると目の前に石段が現れ、阿夫利神社本社の石柱が立つ。石段を上ると左手に拝殿があり、その後ろに奥の院がある。


時間は12時25分。登拝門が10時55分だったので、ちょうど90分で上がって来た。
平日だが、結構多くの人が来ていて、山頂のテーブルでそれぞれお昼ご飯をとっている。
今日は、残念ながら天気予報が外れて曇がかかっており、山頂からの眺めも今一つだ。お昼のおにぎりをほおばって早々に下山することにした。

本社~下社
山頂からの下りは見晴台を経由するコースで帰ることにした。
見晴台への下山道は石段ではなく、木の階段や木道が多く、よく整備されている。
見晴台に近づいたあたりで、木々がきれいに色づいたところがあった。
見晴台は、広場に休憩用のテーブルが置かれていて結構広々しているが、相変わらず曇っていて景色はいまいちであった。
ここから下社まで1.4kmをどんどん進むと阿夫利神社の摂社である二重社に至る。


横の滝は二重の滝で、浄めの滝とも呼ばれ、修験者の禊の行場であった。又、江戸時代には、新年早々大工、鳶、左官職等の代表者が数日間下社に篭り、二重の滝に打たれ、心身を浄めてその年の賃金を決議したといわれている。

やがて下社の境内下に到着し、石段を上ると下社の境内に出る。

ここで大山街道歩き旅も終了とし、ここからはケーブルカーで帰ることにした。
折角なので、日を改めて、咳止め地蔵のところから矢倉沢往還の旅を再開したいと思う。