2020年11月4日 厚木~愛甲石田
2020年11月6日 愛甲石田~市米橋 (~大山登山口)
小田急江ノ島線本厚木駅から相模川の方に少し行ったところから街道歩きを再開。
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厚木宿は江戸から十三里、相模川を渡った渡船場跡から南へ歩くと厚木宿上宿となり、さらに南へ中宿、下宿と続き、江戸・天保の頃には三宿合わせて 330
戸だったという。
大山道のほか、平塚から八王子を結ぶ八王子道、相模川の物流輸送など、交通の要所であったところから、小江戸といわれ繁栄した。
厚木~愛甲石田
本厚木駅から東の相模川の方に向かうと大山街道に出る。
街道を南に少し行くと、右手に上杉謙信所縁の最勝寺がある。その先少し行った右奥に、樹齢500年といわれる銀杏の古木を背にした熊野神社が見える。熊野神社周辺はかつてはうっそうとした杜で、渡辺崋山が描いた厚木六勝図の1枚、熊林暁鴉(ゆうりんのぎょうあ)は神社周辺の杜を描いたものだという。
街道から右手の少し奥まったところに智音神社が見える下宿バス停手前で左へ入る旧道がある。旧道に入り100mほど歩くと、かなり年代物の馬頭観音や双体道祖神などがおかれていた。
旧道はすぐに県道に合流し、合流した先の旭町4丁目交差点際にきりんど橋碑が建てられている。「きりんど」とは変わった橋名だが、かつて厚木用水に架かっていた橋で、堤に桐が植えられていたことから桐辺橋(きりべはし)、後に聖代橋(きりんどはし)と呼ばれるようになったのだそうだ。
渡辺崋山が描いた厚木六勝図の一つ、「桐堤賞月(どうていのしょうげつ)」は、この桐辺の堤の月景色の美しさを描いたものらしい。
少し先の交差点際に旧平塚街道碑が立っている。この辺りは矢倉沢往還と八王子平塚間を結ぶ平塚街道とが重なっており、このように呼ばれていた。
旧平塚街道碑の立つあたりから道路の左側が公園になっており、ふじみ公園という。ここで道路の右手方向を見ると丹沢の山々の後ろにわずかながら富士山が見えている。
しばらく行くと岡田一本杉バス停のところにこじんまりと御嶽神社の小さな祠が祀られている。この辺りは岡田一本杉と呼ぶところで、関東大震災で根元が傷み切り倒されてしまったが、かつて一本杉がたっていたらしい。
ほどなく東名高速のガードが見えてくるが、50mほど手前で矢倉沢往還碑が立つ処を左に行くと岡田村の総鎮守三島神社が鎮座している。雨乞い祈願のため伊豆国(静岡県三島市)の三島神社を勧請したもので、社殿正面の扁額は烏山藩主大久保忠茂の書といわれる。
東名高速のガードをくぐって長徳寺、法徳寺に寄り道しながら行くと、相川小学校入口のところに比較的新しい双体道祖神が置かれていた。
ほどなくかなり風化した石塔3基が置かれる丁字路に差し掛かかる。大山街道はここで平塚街道と分かれて、西に大きく向きを変えて大山に向かっていく。
右へ曲って少し行くと、南北朝時代(1336~1392)の作とされる薬師如来が本尊の酒井薬師堂がある。薬師堂の前に立つ酒井の道標は、もとは先ほど通った石塔の辺りにあったものが移設されたもので、かなり風化が進んでいる。
街道は県道、国道を横断して玉川に架かる新宿(しんしゅく)橋を渡る。新宿橋を渡った所には、真新しい双体道祖神と古い石塔群が所狭しと集められていた。この先、真っ直ぐな街道の所々に五輪塔、赤い涎掛けをした石仏、お地蔵様などがつぎつぎに見られる。
街道は厚木小田原道路のガード下を通り5~6分歩くと上り坂となるが、上り切ったところに建てられているのは大山道碑、側面には 旧矢倉沢往還 とも刻まれている。
その先の玉川橋を渡った三叉路向こうに庚申塔道標や五輪塔などの石塔が並んでいる。 この庚申塔の側面には「右あつぎ江戸青山道 左大山道」とある。
この三叉路を左に曲がり緩い坂を下ると宿愛甲に入る。
右手高台に円光寺を見て進むと、慶応元年(1865)創業という暖簾を掲げる富塚豆腐店のすぐ先、宿愛甲交差点際に笠付きの庚申塔道標が立っている。風化が激しいが「右 大山道」とある。
街道は交差点を右に曲がり、すぐ先を左に曲がって緩い坂道を上っていくのだがかつての宿場の面影はほとんど無い。
愛甲石田駅の先で踏切を渡り国道に合流して5~6分すると、右奥に趣ある萱葺きの浄心寺山門が見える。浄心寺は天正2年(1574)、相誉上人周貞の開山で、本尊は南北朝時代作の阿弥陀如来三尊像だそうだ。
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今回はここまでとし、小田急小田原線愛甲石田駅前まで少し戻ってひとまず帰宅した。
これまで矢倉沢往還を歩いてきて、途中の荏田宿あたりから渡辺崋山の足跡が随所で見られた。崋山は国分宿近くのお銀様を訪ねた後、厚木宿ではこの地の文化人と交流したり厚木六勝図を残している。だが、このあとは藤沢に向かったため、その足跡はここまでになる。
それに代わって、厚木宿を出てからの矢倉沢往還では、道祖神や道標などを数多く見かけるようになる。ここまでにもところどころで見かけたが、進むにつれて頻繁に見かけることになる。
街道は、いかにも大山道らしい雰囲気になり、いつのまにか大山に近づいてきていることを感じさせられる。
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2020年11月6日 愛甲石田~市米橋(~こま参道)
この日、実際には愛甲石田から大山登山口まで歩いたが、このページでは矢倉沢往還と大山道との分岐点の市米橋までについて記している。
愛甲石田~市米橋
愛甲石田駅前から国道246号を進んで前回訪れた浄心寺前を通り、ちょっと寄り道のため石田交差点で国道と分かれて左の道を下っていく。
長龍寺の案内看板が立つ小田急線踏切を渡ってしばらく歩くと、住宅地の向こうにこんもりとした森が見えてくる。ちょっとわかりにくいが、ここが4世紀末に造られた小金塚古墳で、相模最大の円墳と言われ、南関東最古のもとのとされる朝顔形埴輪が多数出土したそうだ。今は古墳の上に小金神社が鎮座している。
このあと、小田急線に沿って作られている狭い階段を下りていくと街道に復帰する。
10分ほど歩くと成瀬小学校の横に白金地蔵が祀られている。この地の茂田半左衛門によって万延元年(1860)に建立されたのだが、平成8年の台風で倒壊し、地元有志らが再建したという。
街道はこの先の歌川橋を渡り、新東名高速の下をくぐって緩い坂道を上っていく。坂を上りきったところで左から来る柏尾道り大山道と合流し、右へ曲っていくと、すぐの自転車屋さんの店先に「丸山城下
大山街道 糟屋宿」の看板や提灯がかけられており、この辺りから糟屋宿に入る。
糟屋宿
糟屋宿は、大山参拝の旅人や物資の運搬人で、伊勢原宿におとらず賑わっていた。明治34年の大火で焼けて宿場の面影はないが、散見される大きな屋敷にかつての街道の趣が感じられる。
少し先の普済寺では、参道の中ほどに嘉永6年(1854)建立の不動明王に迎えられる。
境内の石造多宝塔は、天保9年(1838)に建立されたもので、見上げるような高さで、後方には大山が控えている。
文化元年(1804)、徳川幕府は北方防備の鎮めとして蝦夷地に三官寺を創建。派遣された文道玄宋が任期を終え帰山後、北辺の地の安泰を願って神宮寺に建立。その後普済寺に移転されたものである。
普済寺を出て100mほど先を左折し、渋田川に架かる道灌橋を渡るとすぐ左手に太田道灌の菩提寺大慈寺がある。大慈寺は貞治5年(1366)鎌倉に開山、文明18年(1486)に太田道灌がこの地へ移して再興したと伝えられている。
渋田川を少し上流にいったところに太田道灌の墓がある。
この先で通る上糟屋の洞昌院にも太田道灌の墓がある。道灌は洞昌院の裏山で荼毘に付され、洞昌院に胴が、下糟屋の大慈寺に首が葬られたのだという。文武両道に優れた道灌だが、その有能さが疎まれて、上杉忠正の居館であった糟屋館で暗殺されたのであった。
街道に戻って少し行くと、街道際の鳥居の奥は高部屋神社で、由緒に「創建年代は不詳なるも、紀元前655年とも言われている」とある古社である。
境内右手の梵鐘は、至徳3年(1396)に河内守国宗によって造られ平英憲によって奉納されたというもので、神奈川県指定の重要文化財に指定されている。
街道を進んで国道246号まで来ると右手に高台が見える。ここは平安時代から鎌倉時代初期に活躍した糟屋左衛門尉有季の居城であったと伝えられる丸山城址で、今は公園として整備されている。
<咳止め地蔵>
城址から街道に戻り、東海大学病院の横の旧道の趣残る道をいばらくは淡々と行く。渋田川に架かる市米橋の手前までくると、右手に咳止め地蔵を祀る地蔵堂が見える。
この咳止め地蔵は享保8年(1723)に再建されたもので、痰咳平癒の守護神として崇められているのだそうだ。 ここは、大山道と矢倉沢往還の分岐で、大山道は右に、矢倉沢往還はまっすぐ進んで行く。かつては橋が二つあったらしく、大山道はせきど橋で渋田川を渡ったらしいが、今はなく、市米橋を渡って市米橋交差点で県道63号を渡って右のほうに回って行く。一方、矢倉沢往還は市米橋を渡ったら市米橋交差点を横断して真っ直ぐ進む。
このあと、矢倉沢往還をいったん離れて大山に向かったときのことは、
青山通り大山道の市米橋~こま参道のページへ、
引き続きまっすぐ矢倉沢往還を向かったときのことは、
矢倉沢往還の市米橋~渋沢のページへ。