2021年3月11日 岩波~裾野~沼津
今回は、小田急新松田からJR御殿場線に乗り換えて岩波まで行って再開し、ゴールを目指す。
もうすぐ岩波という南御殿場駅で電車が停車中に何げなく窓の外を見ると、車窓の向こうに圧倒的迫力の富士山の姿が目に入ってきた。南御殿場から富士岡にかけては、電車の中からすぐ目の前に富士山が見える。
岩波から沼津までは、この富士山の裾野に形成された街中の交通量の多い県道をひたすら歩くことが多くなるため、今回は街道を少し外れて、滝めぐりなどの寄り道をしながらゴールを目指す予定である。
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岩波
岩波駅から街道に出るといきなり巨大な唯念上人名号塔に迎えられる。
現在の岩波駅周辺は特に代り映えもないローカル駅の雰囲気だが、この駅の西側にはトヨタの巨大な工場や研究所の敷地が広がっている。ちなみに、この広大なトヨタの工場敷地は、未来都市ウーブンシティとして生まれ変わることになっており、つい先日の2月23日に鍬入れ式が執り行われたことが報道されていた。なんとなくわくわくするような話だ。
少し行くと、いったん国道246号に合流するが、ほどなく県道が国道から分岐する。その辺りでは、左手の田んぼの中にポツンと鎮守の森が見える。この赤子神社の歴史を感じさせられる鳥居をくぐって参道を行くと、背景には富士山が眺められる。
本殿裏側に回ると、菜の花畑越しの富士山という眺望が楽しめる。
県道に戻って10分ほど歩くと左手に観音堂が見える。左に入ると観音堂のところから僅かな区間だが旧道を歩くことができる。
観音堂の前に唯念上人名号塔が建っており、観音堂の周りには多数の石仏が鎮座しているが、その中に地蔵様にしては可愛らしい顔の地蔵道標がある。刻まれている文字は「右ハむらみち 左ハ甲州みち」。ここは三島と甲府を結ぶ甲州道でもある。
旧道はすぐに県道に合流し、4~5分歩くと震橋(ゆるぎばし)バス停のところに多数の石仏が並んでいる。
その先も所々に立つ常夜灯や庚申塔を見ながら進んで行く。
やがて、佐野北信号を右に行って街道を外れて五竜の滝に寄り道する。
<五竜の滝>
地図で見ると、市立西中学校横の道を進んで吊り橋を渡れば中央公園に入れるはずだが、行ってみると手すりのワイアー破損のため通行止めとなっていた。結局は、大畑橋の方に回って中央公園に行くこととなった。ともあれ、公園入口にたどり着くと、巨大な若山牧水歌碑が目に入ってくる。
- 富士が嶺や すそのに来り仰ぐとき いよゝ親しき山にぞありける 牧水 -
歌碑の前の太鼓橋を渡って公園を進んで行くと、まもなく奥の方に滝が見えてくる。
滝の高さは12m、幅は100mというかなり大きな規模で、黄瀬川本流にかかる大きな3本の滝を雄滝、東側の小支流にかかる小さな2本の滝を雌滝という。
吊り橋が通れないので雌滝には近づけなかったが、雄滝を目の前で眺められるところにベンチが置かれていたので、しばし休憩をとる。
五竜の滝から街道に戻ったら、今度は古柄沢通りで東に1㎞ほどの不動の滝に寄り道する。
<不動の滝>
JR御殿場線を通り過ぎ、滝のある茶畑地区を進んで行くと、常夜灯が立っていたり、民家の周囲をきれいな用水が流れていたりと、古くからののどかさが残る雰囲気に変わり、やがて不動の滝の名の所以になった不動尊堂が見えてくる。
このお堂から崖を下りていくと滝を眺められるところになり、辺りは偕楽園といわれる庭園になっていて、桜や梅などが植栽された閑静な公園で、春には花を楽しむことができる。
五竜の滝に比べるとややこじんまりとしているが、花々が咲く時期に偕楽園の庭園内で自然に作られた滝を眺められると思うと、少しうらやましい気がする。
街道に戻ったら、交通量の多い県道を淡々と歩くが、不動尊堂、西国三十三所供養塔、馬頭観音道標などがところどころで見られる。
長泉なめり駅入口を過ぎ数分、右の奥まったところに五輪塔があり、傍らの標柱に「長泉町指定文有形化財」と記されている。歴史的価値があるのだろうが説明書きが無いのが残念。
この先も単調な歩きが続くが、下土狩駅手前の鮎壷交差点の1つ先の路地を右に入ると、黄瀬川にかかる鮎壷の滝に行ける。
<鮎壷の滝>
富士の裾野に形成されているこのあたりの街は、富士山から流れ出た溶岩の南端部の上に位置している。そのため、街の平野部を流れる川は、その溶岩のはしっこにできた断崖にさしかかるときに滝になる。滝は溶岩の厚さ分だけ落ちることになるので、落差はだいたい10m程である。五竜の滝にしろ、不動の滝にしろ、1万年前の富士山噴火で流れた溶岩流の末端にできたている。通常、滝といえば山深いところを想起するが、ここでは周囲に住宅が建つ街のなかを落ちるという不思議な光景になっている。五竜の滝も大きかったが鮎壺の滝はさらに川幅が広くて規模が大きい。広い公園の散策路を歩くと、滝の後方に富士山も見えている。文字通り、絵にかいたような光景である。この時期は富士山の雪解け水が流れてくるためか、水量も多く轟音とどろく迫力のある滝を楽しむことができた。
鮎壺の滝から街道に戻り、新幹線、国道1号の高架橋をくぐって約30分。矢倉沢往還は御殿場線大岡駅の手前を左に曲がっていく。
曲がってすぐに御殿場線の踏切を渡り、さらに10分ほど歩くと東海道線の箱根裏街道踏切を渡る。
この先10分ほどの住宅地の中にある武田信玄ゆかりの耕雲寺は寺耕雲寺にちょっと立ち寄り、街道に戻って5分ほどで、ついに矢倉坂往還のゴール、旧東海道に合流する下石田交差点に到着でした。
狩野川沿いの旧東海道を30分ほど歩いて沼津駅から帰途に就いた。
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東京の赤坂御門前を出発し神奈川県を横切って箱根の山中に入り、富士山の裾野を通って下石田交差点までおよそ150km程の旅であった。
街道全体を通して特に感じたことは、石仏・石塔が非常に多いということ。大山信仰、富士山信仰の旅人がいかに多かったかということを示しているのであろう。また、そうした石仏・石塔のなかでも、とりわけ双体道祖神が多いということが印象に残った。これまで各地の旧街道を歩いてきて、双体道祖神は信州に多く見られ、他では滅多に見られないと思っていたが、矢倉沢往還を歩いていると、大山周辺で散見するようになり、足柄・御殿場地域ではむしろ双体道祖神が当たり前のように多数見られるようになった。参考までに調べてみたら、道祖神の造立数は、長野県が最も多く、次いで群馬県、神奈川県、山梨県、静岡県へと続く。双体道祖神の造立数を見てみると、長野県、群馬県、神奈川県、静岡県の順に多い。長野県は道祖神の数が多いだけでなく双体道祖神の比率が高い。山梨県は道祖神の数は多いが双体道祖神の比率は静岡県の方が高いため双体道祖神の数は山梨県より多い。
*参考:「東西にみる道祖神の現状」鈴木英恵、神奈川大学日本常民文化研究所非文字資料研究センター、2009
足柄から岩波を歩いたのは3月3日のこと。その前週の2月23日は新天皇の誕生日だが、もともと富士山の日でもある。この日に、トヨタの豊田章男社長参加のもと、未来の実証都市「Woven
Cityウーブン・シティ」の地鎮祭がトヨタ自動車東日本 東富士工場跡地に隣接する旧車両ヤードにて行われていた。ウーブン・シティは、自動運転車などが走り、あらゆるモノやサービスがつながる「コネクティッド・シティ」として作られることになっている。富士のすそ野の広大な敷地に作られる未来都市は、一般的には“裾野”に作られると公表されているが、実は岩波駅のすぐ目と鼻の先のエリアである。かくいう私自身、今回の旅を通してルート情報などを調べている中で初めて知るに及んだ。横瀬川に沿った古道の雰囲気を楽しみながら歩いてたどり着いた岩波駅のすぐ西側、富士の裾野に数年もすると未来都市が現れると思うと、なんとなくわくわく感が増すような気がする。
コロナ禍の中、比較的近場で宿泊を伴わずとも行ける街道として矢倉沢往還を歩いてみたわけだが、思っていたよりもはるかに多様な歴史、風土と自然に出会うことができた。
これを機に、コロナ禍が落ち着くまでは、比較的近場の街道を歩き回ってみたい。